ダイジョーブじゃない手術を受けた俺26

 記者のお姉さんとのおしゃべりも終わり、(御幸が)苦労して手に入れたコーンポタージュで英気を養った俺は、万全の状態で試合に臨もうとしていた。

「今日の相手は釜蔵高校。甲子園の常連校で、堅実な守備とバッティングが特徴の強豪校だ。だが、ウチが全国でどのくらいのレベルにあるのかを試すのにちょうど良いチームでもある。やるからには勝ってこい! 優勝して勢いをつけ、そのまま今年の夏はウチがもらうぞ!」

『はいっ!』

「それから、南雲。この試合が初めての先発だが、さっきも言った通り負けてやるつもりはない。お前なら甲子園クラスの打線でも抑えられると思ったから任せたんだ。いけるな?」

「うっす! 任せてください!」

 今日の俺は相変わらずの絶好調だ。
 何イニングだって投げられる気がするし、今日の試合で他の誰かにマウンドを譲るつもりはない。
 最高の投球をして俺が青道を勝利に導くくらいのつもりでいるよ。

「これまでの試合、お前たち二、三年はまだ一年の南雲に助けられている。不甲斐ないと思われたくなければ、ここで先輩としての意地を見せてやれ!」

『はい!!!』

 ははっ、先輩たちも気合十分みたいだ。
 頼りになるね。
 俺は今日の試合で密かにパーフェクト試合を狙っている訳だが、コールドゲームで早々に終わらせてもらっても全然構いませんよ?

 むしろ9回まで投げることになれば途中で変えられる気がするので、バンバン点を取って早く終わらせてください。
 出来るだけ長く投げたいけど、マウンドは誰にも譲りたくない……これはジレンマってやつかな?
 ま、俺は目の前のバッターをねじ伏せていくだけどけどね。

「それにしてもあっちーな。いつもよりマウンドで感じる熱気がすげぇ。もう汗が流れてきた」

 青道は後攻なので俺はマウンドへと上がったが、季節的に少し気温が高くなってきたのか、早くもインナーシャツが汗で張り付いている。
 少しでも熱を逃がそうと帽子をかぶり直すがあまり変わらなかった。
 これからはもっと暑く季節になるんだから、こういう気温にも慣れていかないとな。
 まだまだ俺自身のスタミナも足りないし。

「今日は気温が高いのもあるけど、例年よりも観客が多いみたいだぞ。噂の一年生ピッチャーを見に、関東以外からも人が来ているらしい。人気者は辛いな」

「注目されるってのもそう悪いもんじゃない。俺のモチベーションが上がるんだからな。御幸だって、試合が盛り上がっている方がやる気出るだろ?」

「否定はしない」

 うんうん、やっぱり野球はギャラリーが多い方が燃えるよね。
 こんな舞台でマウンドに立てる俺は最高にラッキーだ。
 これもきっと、日頃の行いが良いからに違いない。

「南雲、最初は七割くらいに力をセーブして投げろ。多分序盤はそれでも十分相手打線を打ち取れる。全力投球はその都度サインを出すから間違えんなよ?」

「オーケイ。お前に任せる。俺たちで完璧に抑えて、気持ちよく帰ろうぜ」

 御幸がそう言うなら俺に否やはない。
 全力だろうが七割だろうがサイン通りに投げて、相手バッターを抑えるだけだ。
 打たれそうだと直感で感じれば容赦なく首を振るけど、基本はどんなサインでも従うよ、俺は。

『決勝戦でマウンドに上がるのは、この大会で素晴らしいピッチングを続けている一年生ピッチャー、南雲 太陽です! 今日は一体どんな投球を見せてくれるのか、非常に楽しみです!』

 まずは初球をフォーシームのストレート……ではなく、ツーシームのサインだったのでそれの通りに投げると、いきなりフルスイングしてきたバッターをボテボテのゴロに打ち取った。
 初めからまっすぐに狙いを絞っていたのか?
 俺はフォーシームが一番自信があるけど、流石にそれだけを狙われると厄介だ。

 もっとも――。

「御幸のリードがあれば、そんなの関係ねぇ!」

「ストライクッ、バッターアウト! チェンジ!」

 ストレートに狙い球を絞っていた相手チームに対し、変化球を巧妙に織り交ぜた御幸の配球により、たった三人の打者で初回の攻撃を終わらせたのだった。

 

 ◆◆◆

 

「いやー、本当に南雲は良いピッチングをしますね! これなら青道のエースになる日も近いかもしれませんよ」

 部長である太田は鼻歌でも歌い出しそうなほど上機嫌だった。
 以前はまだ南雲に対して試合に出すのは早すぎると思っていた太田だったが、ここ最近の南雲の活躍を目にし、すっかり意見が変わっているようだ。

 ここまでの南雲のピッチングは素晴らしいものだった。
 普通一年ならプレッシャーでいつも通りの実力を発揮出来なくともおかしくはなかったが、南雲がそんな可愛げを見せる筈もなく、先日と同じように最高の投球で観客を沸かせている。
 140キロ代の速いストレート、正確無比なコントロール、そしてキレ味抜群の変化球。
 どれも高いレベルで完成されており、かつては投手だった片岡から見ても非常に将来が楽しみなピッチャーであった。

 しかし、だからこそ片岡は迷ってしまう。
 今年の夏、南雲にエースナンバーを託すか否かを。

(今までエース番号を背負っていた佐藤の仕上がりは決して悪くない。俺もよほどの事がない限りは、今年の夏は佐藤でいくつもりだった。だが、南雲の存在はそのよほどの事かもしれん)

 この大会で南雲は自分の価値を示し続けてきた。
 投手としての能力、そしてこの大会での結果を見れば、間違いなくエースは南雲だと思うほどの完璧な内容だ。

 しかし、背番号1番というのはただの数字ではない。
 レギュラー陣、ベンチ入りした選手、そしてスタンドで応援している部員の分までの全ての想いを背負って投げなければならないのだ。
 それを入部したての一年に任せるのは、流石に荷が重すぎるだろう。

 ただ、南雲ほどエースナンバーが似合う選手もそう居ないのもまた事実。
 監督として一体何が正しいのか、非常に難しい選択を片岡は迫られていた。

 南雲をエースとしてチームを組み立てれば、青道は間違いなく今よりも勢いのあるチームになるが、それと同時に彼に重責を背負わせてしまう事になる。
 もし手痛い敗戦を経験してしまうと、それだけで潰れてしまいかねない危うさも南雲にはあると、片岡は思っていた。

『またもや三球三振! ピッチャー南雲、ここまで一本のヒットさえ許していない完璧なピッチングです! 一年生ながら既にマウンド姿が板に付いている!』

 当然のように三振を奪っている南雲を見て、片岡はさらに悩む事になるのだった。

 

   

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