片岡監督は今日中に急いでやらないといけない用事があるらしく、タクシーを拾って俺たちよりも一足先に学校へと帰って行った。
残された俺と高島先生は、病院で会計やら湿布の受け取りやらで少しだけ遅れて、そこから更に身体のケアをする為のマッサージみたいな施術を受け、結果外に出るまでかなりの時間が経過している。
「ふぅ、結構時間掛かっちゃいましたね。マッサージのお陰で身体はすごく楽にはなりましたけど、これじゃあ帰っても寮の飯は残ってそうにないかな」
既に日が落ちて薄暗くなっている。
この分だと今から急いで学校に帰っても、寮の食事は打ち切られているだろう。
身体にはあんまりよろしくないんだけど、仕方ないからコンビニとかで適当に弁当を買ってから帰るか。
コンビニ飯でも食わないよりかは遥かにマシだから。
「なら学校に戻る前にどこかで夕食を食べていきましょうか。私もまだ何も食べてないし、先発初勝利のご褒美として何でも奢ってあげるわよ」
「えっ、マジっすか！？ わーい、ありがとうございます！ 俺、高島先生に誘われて青道に来て本当に良かったです！」
「ご飯くらいで大袈裟ね。フフッ、まぁいいわ。それで、南雲君は何が食べたいのかしら？」
「焼肉で！」
ここは当然、焼肉一択だ。
遠慮？
そんな子は知りませんね。
高校球児の食欲の前には、そんなちっぽけなものは速攻で吹き飛んでしまうのだよ。
「正直でよろしい。若い子はそうでないとね。なら、私おすすめの焼肉屋さんに連れて行ってあげるわ。美味しい上に量も多いから、好きなだけ食べて良いわよ」
「ありがとうございます！」
ほんと、今日から俺は高島先生のことを女神と呼ぼうと思う。
散々病院で待たせてしまったのに、そんな後にご飯まで奢ってくれるなんて女神以外の何者でもないだろう。
ゲーム的に言えば南雲の好感度は20くらい上がっている筈だ。
「でも当然だけど、このことは他の部員たちには内緒よ？ あまり教師が生徒にご飯を奢るっていうのも世間的に良くないし、贔屓しているようにも感じてしまうだろうから」
「死んでも言いませんとも、ええ」
「別にそこまでではないけど……。まぁ、それなら安心ね」
俺は恩を仇で返すような真似はしないから、この秘密は墓場まで持っていくことを誓いましょう。
たとえ拷問されても言わないよ。
俺と女神の秘密だからねっ！
そして先生の車に乗って病院から移動し、そのまま街中を走らせて飲食店が多く立ち並ぶエリアまでやって来た。
近くのコインパーキングに駐めて、そこからは徒歩で移動するらしい。
ちなみに今の俺は試合後のユニフォーム姿ではなく、病院でマッサージしてもらう前にシャワーを浴びて私服に着替えてあるので、特に目立っている様子はない。
ただまぁ、一緒に歩いているのが美人な高島先生なので男たちの視線が集まっているけど。
フンッ、女神の前には貴様らなど道端の塵同然だ。
下心満載の軟派な野郎どもめ、俺の目が黒い内は女神に近づくことさえ許しはしないぞ！
がるるる……！
「ここよ……って、どうかした？」
おっと、俺が周囲のハイエナ共を視線で威嚇していると、いつの間にか目的地である高島先生おすすめの焼肉屋さんに到着していたようだ。
あまり立地は良くないが、隠れた名店みたいな趣があって期待できる。
それに店の前に立っているだけでもよだれが出そうなくらい、すんごく良い匂いがしてきた。
ま、待ちきれん！
「いえ、何でもありません。ささっ、早く行きましょう！」
「そんなに慌てなくても焼肉は逃げないわよ？」
そうは言ってもこれはちょっと我慢出来そうにない。
外に居ても漂ってくるこの食欲をこれでもかと刺激する匂いを嗅げば、きっと誰でもそうなってしまう筈だ。
俺は高島先生の背中を押して店に入店した。
店自体はそこまで大きな建物じゃないんだけど、店内には何組かお客さんがいて、結構賑わっているようだ。
「いらっしゃい！ 何名様――おっ、礼ちゃんじゃねぇか。始めて男を連れて来たと思ったら、ずいぶん若い彼氏を連れてんなぁ」
中へ入るなり店主らしき人が高島先生に声をかけてくる。
ふむ、俺のことを彼氏と勘違いするとは中々に見る目がある人だ。
だからきっと、ここのご飯は間違いなく美味しい筈だな。
「この子はそんなんじゃないですよ。それよりもここ、良いですか？」
「おう！ 空いてるテーブルに適当に座ってくれ」
そうして俺たちがテーブル席に腰を下ろすと、すぐに店員さんが水とおしぼりを持ってきてくれた。
「さ、これがメニュー表よ。南雲君、好きな物を頼んで良いわ」
「えっと、それじゃあご飯大盛りと冷たいお茶を。肉は……何が美味しいかわからないんで、あとは高島先生にお任せします」
「わかったわ。――すいませーん、注文お願いします」
店員さんを呼んで手慣れた様子でいくつかのメニューを注文していく高島先生。
注文を言い終わってまだかまだかとそわそわしながら待っていると、そこまで時間が経つことなくお肉やご飯が運ばれてくる。
これでもかと盛り付けられたどんぶりご飯と、キラキラ光っている美味そうな肉……お世辞抜きで本当に見たことないくらい美味そうに見えた。
「それじゃあ食べましょうか。私が焼いてあげるから、どんどん食べて」
「はいっ！」
それではさっそく一口、いただきまーす！
……っ！
こ、これは――。
「美味い！」
程よい上品な油が口の中で溶けていき、強烈な旨味がドバッと広がっていく。
タレも肉に合う自家製のタレで、ご飯が驚くほど進んでしまうな。
あー、幸せだ……。
こんな美味い肉は初めて食べたよ。
「美味しいならよかったわ。さ、好きなだけ食べて頂戴」
「このご恩は絶対に忘れません。数年以内に出世払いでお返しします。その時は、どんな高級料理店でも俺が奢りますよ」
「フフッ、それは楽しみね。期待しておくわ」
「はいっ！」
あ、こっちの肉もめっちゃうめぇー！
疲れた後に食う焼肉はやっぱり最高だな！
しかも、一緒に食べているのはとびきりの美人である高島先生ときたもんだ。
ただでさえ美味しい焼肉が、今日はいつもの数倍美味しく感じるよ。
「……こうしていると、普段より子供っぽく見えるんだから不思議なものね。マウンドではあれだけ荒々しいオーラを放っていたのに」
俺は高島先生のそんな呟きが聞こえないくらい、夢中で肉と白米を口も中にかき込んでいたのだった。