次の日の朝、眠い目を擦りながらいつも通り朝練に向かう。
昨日は寮に帰ってくるなり、同室の先輩二人や御幸と倉持、それから何人かの先輩たちに怪我は大丈夫だったのかと詰め寄られてしまって、寝るのが少し遅くなったんだよな。
予め監督から聞いている筈だけど、それでも心配してくれるのは嬉しいので、俺としても無下には出来なかった。
お陰で今朝はちょっと眠い。
本当はもう少し眠ることも出来たが、せっかく目が覚めたので他の部員達よりも一足先に朝練を始める。
身体の疲れ自体は、高島先生に連れて行ってもらった焼肉のお陰ですっかり無くなっているしね。
「ふぁ~あ、今日からスタミナ強化のメニューか。どんな練習にするかはクリス先輩に考えてもらう予定だし、とりあえず今からの朝練はグラウンドを走っておくか」
昨日のうちにクリス先輩に練習メニューを考えてくれと頼み込んだんだけど、流石に昨日の今日でそれが完成する筈もなく、俺だと普通にランニングするくらいしか思い付かない。
あ、ちなみにクリス先輩も色々と大変な時期だから無理はしなくても大丈夫と伝えたら、このくらいは問題ないと快諾してくれた。
やはりあの人には足を向けて寝られないな。
無事に怪我から復帰した暁には、俺はクリス先輩への協力を惜しまないつもりでいるよ。
その方が御幸も張り合いがあって良いだろうし、何より俺ももう一度先輩に受けてもらいたいからね。
「とりあえず準備運動してからランニングを始めよう。あ、タイヤを引きながら走るとか良いかもしれん」
端っこの方に置かれている、使っている人を未だに見たことがないタイヤに目が行った。
この紐付きのタイヤを腰に引いて走れば、スタミナだけじゃなく足腰の強化にも繋がりそうだ。
うん、咄嗟に思い付きだが悪くない。
さっそく実践してみよう。
準備運動を終えた俺は、グラウンドの隅に置いてある一番デカいタイヤを選び、それを自分の腰に括り付けた。
そして軽く走ってみる。
「――おぉ……! 結構いい感じだ。これなら良いトレーニングになりそう」
実際にタイヤを引きずりながら走ってみると、これがまた身体に負荷が掛かって筋力が付きそうなトレーニングだった。
クリス先輩にトレーニングメニューを貰うまでは、このタイヤを使ってランニングをしていた方が良さそう。
投球禁止が解かれるまでの期間、今日からこいつが俺の相棒だな。
しばらくそうしてグラウンドを走っていると、続々と他の部員達もやって来るのが見えた。
走っている俺に気付いた哲さんが軽く手を上げたのが見えたので、一度ランニングを中断して足を止め、彼の元へと挨拶しに行く。
「早いな南雲。今日くらい朝練は休んでも良かったんだぞ?」
「あ、哲さん。おはようございます。この通り身体はもうピンピンしているんで大丈夫ですよ。あんまり休んでいると、身体が鈍っちゃいますしね」
「そうか。だが、くれぐれも気を付けるんだぞ。クリスに続いてお前まで怪我をすれば、チームの士気にも関わってくる。お前はもう、ウチの立派な戦力なのだからな」
「うっす、気を付けます」
戦力、か。
改めてそう言ってもらえるとやっぱり嬉しいもんだな。
俺は割と自分本位な行動が結構多いから、そんな奴を認めてくれる人ってのは中々居ないんだよ。
特に同年代からはあまり受けが良くない。
ま、だからと言って自分の考えを変えるつもりはないし、正直そこまで気にもしないんだけどね。
御幸と倉持がいれば十分なのさ(涙)。
「それで今日は……タイヤトレーニングか? 俺も一年の時はよく引いて走っていたな。足腰が鍛えられて、中々良いトレーニングになる」
「そうなんですよ。さっき始めたばかりなんですけど、思ってた以上に効果がありそうで俺もビックリしてます。しばらくの間はこいつと一緒に練習しようと思うほどですね」
「ああ、そういえば監督からボールに触ることを禁止されているんだったな。それなら、今度の練習試合も南雲の登板は無さそうか」
「……練習試合?」
聞き覚えのない言葉に思わず首を傾げてしまう。
練習試合って、俺はそんなこと一言も聞いてないんだけど……そんなのがあるの?
「ん、聞いていないのか? 来週の土曜日にいくつかの高校がウチに集まって練習試合をするんだぞ。少し前のミーティングでも言っていたと思うが」
哲さんに言われて記憶を遡っていく。
…………あー、確かにそんなことも言っていた気がする。
その話をしていたのがちょうど夜ご飯を食べた後ということもあって、俺は最初の五分くらいで寝てしまっていたんだよ。
そのあとに御幸から練習試合がどうのって話を聞いた覚えがある。
関東大会での登板が控えていたから、それよりも先にある練習試合にはあまり興味が湧かなかったんだよね。
今の今まで忘れてた。
……あれ?
でも来週の土曜に試合があるってことは、このまま投球練習が禁止のままだと俺は登板できなくね?
せっかくの試合なのに見ているだけ、か。
ふむ。
俺は姿勢を正して哲さんに向き直った。
「哲さん」
「なんだ?」
「哲さんから監督に言って、投球禁止を止めるように言ってくれません?」
「無理だ。諦めろ」
哲さんはにべもなく即座にそう言い放った。
やっぱり無理だよなぁー。
昨日の文句云々って監督が言っていたのは、これがあったからか。
「くっ、まさか投球禁止にこんな落とし穴があったとは……!」
今回は見ているだけになりそうだな。
片岡監督は多分、その試合に俺を出すつもりはないだろうし。
どうにかして試合に出れる理由を探してみるが、そんなものは何も浮かんでこなかった。
はぁ……仕方ないけど、俺は予定通りスタミナ強化に専念するか。
本当に、仕方ないけど。
こうなったら、何イニングでも投げられるような体力お化けになってやる!
そう決意した俺は再びタイヤを引っ張りながら走り出した。