ダイジョーブじゃない手術を受けた俺31

 今日も今日とてタイヤを引きながらランニングをしている俺。
 クリス先輩から練習メニュー表を受け取ったんだけど、まさかそこにタイヤトレーニングが書かれているとは思わなかった。
 もはやこの一番デカいタイヤは俺専用の物となっているほどだ。
 まぁ、結構気に入っているから良いんだけどね。

 とはいえ、だ。
 投球が禁止になってからまだ数日しか経っていないが、あれから一切ボールに触れていないので、そろそろ本格的にピッチングが恋しくなってきた。
 徐々にスタミナが増えていっている気はするんだけど、一体俺はいつまで走らされるのだろうか。

 さてはあのグラサン、俺のことが嫌いなのか?
 ……ふむ、心当たりがあり過ぎるな。
 ちゃんと走っていればそのうち投げられるようになるだろうし、このまま大人しく走っておこう。

 ちなみに今日は二軍と三軍の紅白戦があるようだ。
 倉持が朝からかなり気合が入っていて、『必ずお前らに追いついてやるからな!』と、とても威勢の良いことを言っていた。
 それを皆んながいる食堂で叫ぶもんだから、当然他の先輩達に睨まれてたよ。

 まぁ、倉持は俺の数少ない同い年の友達だし、早く一軍に上がってきて欲しいとは思う。
 だから『頑張れよー』と言っておいた。
 アドバイスとか激励とかしてあげた方が良いんだろうけど、残念ながら俺にはあまりそういうのは向いていない。
 ただこの後、少しくらいなら応援しに行ってやっても良いかもしれないな。
 毎日同じ練習するのにも飽きて来たし……。

「――ふぅ、これで大体10キロくらいは走ったかな。次は休憩を挟んでから筋トレか……」

 ようやく一日の最初のノルマが終わった。
 クリス先輩が考えてくれた練習メニューは、まずはタイヤを引きながらの10キロのランニングから始まる。
 これが結構しんどくて、普通に走るよりも数倍くらい疲れると思う。
 一度だけ御幸が一緒にやっていたが、あの男は完走するだけでバテバテになり、ダウンしてしまっていた。

 そしてそれが終わると、次は休憩を挟んで筋トレ器具を使ったインナーマッスルを鍛えるトレーニングだ。
 当然これもしんどい。
 例によってこれも一度だけ御幸が一緒にやっていたが、翌日に筋肉痛が痛過ぎると泣き言を言っていたほどだ。

 それも終わった後は、今度は鏡で全身をチェックしながらタオルを使ってシャドウピッチングをする時間となる。
 これは他と比べて楽……なんてこともなく、むしろ一番集中して取り組まないといけないので凄く神経を使う練習だ。

 頭の中で大リーガークラスの強打者をイメージしてシャドウをしていると、ものの十球くらいで汗が止まらなくなるよ。
 この練習は御幸は俺がやっているのを見ていただけだが、何故かドン引きしていたな。
 理由はよくわからんが。

 そのシャドウも終わると、そこからは普通にバッティング練習に参加するって感じの流れだ。
 これは他の個人メニューと比べると楽だし、思いっきりボールをかっ飛ばるからストレス発散にもなって楽しい。
 最初はバッティング練習にすら参加出来なかったんだけど、クリス先輩とクマさんが監督に掛け合ってくれて、何とかバッティングだけは出来るようになったんだ。
 やはり、持つべきものは頼りになる先輩である。

「おーい、そろそろ今年の二軍対三軍の試合が始まるらしいぜ。ちょっとだけ見に行ってみるか?」

「行かねーよ。俺たちは今一軍にいるが、それでもレギュラーですら無いんだぞ? 他の奴らを気に掛けている余裕は無い。夏の大会、俺はベンチやスタンドで試合を眺めているだけなんて御免だからな」

 ランニングを終えて水分補給していると、偶然そんな会話が聞こえてきた、
 あの二人は確か三年生の……新井先輩と井畑先輩だったかな?
 関東大会ではレギュラーではなかったものの、控えの二遊間として一軍に所属している人達だった筈だ。

 ふーん、そうか。
 もう紅白戦が始まる時間なのか。
 せっかくだし、次にやる予定の筋トレメニューが終わったら、ちょっとだけ見に行ってみようかな。
 まぁ、先輩達に一年が勝つのは難しいだろうけどね。
 俺はそんなことを考えながらトレーニングを再開した。

 

 ◆◆◆

 

(チッ、楽に勝てるとは思っていなかったけど、まさかこんなにも差があるのかよ……!)

 倉持は悔しさで表情が歪んでいた。
 スコアボードを見てみれば、まだ3回の裏だというのに既にダブルスコアの点差をつけられている。
 しかも一年生チームは未だ得点無し。
 これでは自分が二軍に昇格するどころか、まともな試合にすることすら難しいだろう。

「はぁ……早く終わんねぇかな。こんな試合やったって意味ねぇよ……」

 チームメイトである同じ一年からそんな声まで聞こえてくる。
 ここまで一方的な試合になっているからか、誰もが諦めムードを漂わせてしまっており、顔を上げて試合を続けようと思っているのはほんの数人だけだ。
 ほとんどの一年生がこの試合で自信を失い、心が折れている。
 それほどまでに先輩達との実力差を見せつけられている試合だった。

 しかし、そんな中でも倉持の目はまったく死んでいない。

(他の奴らがあの調子じゃ、ここから逆転するのはほぼ不可能だ。でも、だからってこのままやられっぱなしで終わるなんてダサすぎるだろ)

 倉持には諦めているチームメイトを鼓舞し、士気を高めるなんて真似は出来ない。
 それは自分がよくわかっている。
 だが、プレーでチームを引っ張ることは可能だ。
 せめて一点、相手チームからもぎ取る事が出来ればこの嫌な流れを変えられる。
 そう意気込み、倉持は二度目の打席に入った。

(二軍のピッチャーとはいえ、他の高校なら十分戦力になっていてもおかしくないレベルだ。でも――南雲と比べたら大したことはない!)

 1打席目で見た球なら出塁することは決して不可能ではない。
 南雲のような豪速球も、キレのある変化球も、抜群のコントロールも持っていないのだ。
 自分が持っている武器を駆使すれば、このピッチャーからヒットをもぎ取るのはそう難しくはない筈だった。

 倉持は敢えてバットを長く持つ。
 そして一球目の球をフルスイングするが、主審を務める片岡の『ストライク』という声が無情にも響いた。
 二球目の球も同じくフルスイングし、これでツーストライクと簡単に追い込まれてしまう。
 あまりの呆気なさに相手投手の顔が少し緩んだ気がした。

 いよいよ三球目、ここで倉持が勝負を掛ける。
 ピッチャーからボールが放たれる瞬間、スイングの構えからバントの構えへ。
 ツーストライクからバントを失敗すればアウトになるにもかかわらず、倉持はそれを恐れることなく、初めから狙っていたかのように打球を前へと飛ばした。
 守備の意表を突いたこのトリッキーなプレーにより、守備陣の動きに一瞬の遅れが生じてしまう。

「なっ!? ここでスリーバントかよ!?」

 そんな声を置き去りにし、打席からロケットスタートを切った倉持は、気付けば一塁ベースへと到達していたのだった。

 

   

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