ダイジョーブじゃない手術を受けた俺32

(ヒャハッ! とりあえず内野安打、達成だ!)

 自身の目論見が上手くいった倉持は、一塁ベース上で小さくガッツポーズを取った。
 彼の狙いは初めから長打を打つことではなく、どんな形でも出塁することだった。
 だからこそ、わざとバットを長く持って大振りすることで、相手を油断させてセーフティバントを成功させたのである。

 とてもじゃないが綺麗な安打とは言えない。
 だが、たとえどんな泥臭い方法でも出塁すればヒットはヒットだ。
 倉持が自分で考え行動した事には変わりないし、こういうプレーを考えて実行できるセンスのある選手はそう多くはないので、間違いなくこの出塁は片岡の記憶に刻まれたことだろう。

(さぁて、ようやく俺の仕事ができるな。ここからは思う存分好きにやらせてもらうぜ?)

 そして、彼は塁に出た程度では満足していなかった。
 普通のランナーであれば牽制されてアウトになるであろう距離のリードを取り、今から走るぞと言わんばかりの強気な姿勢が見て取れる。
 当然ピッチャーは一塁への牽制球を送るが、その動作を確認した瞬間に頭から突っ込んで塁へと戻り、倉持は余裕でセーフとなった。

「クソッ、走る気満々じゃねぇか。調子に乗りやがって……!」

 ピッチャーの口からも苛立ちの声が溢れるが、それでも一向に倉持のリードは縮まることはない。
 アウトになるのが怖くないのか、むしろ今の牽制球によってまだ大丈夫だと確信したらしく、先ほどよりも半歩リードが大きくなっているほどだ。

(絶対に盗んでやる。些細な動きも見逃すな。絶対に捕まらない。俺の武器は、誰にも負けてねぇ!)

 バッテリーはもう一度牽制球を送って様子を見るが、それでもアウトにすることは出来なかった。
 苛立ちながらもバッターに集中することにしたようで、早い動作のクイックモーションでキャッチャーが構えているミットへと投げる。
 その瞬間、倉持は走り出した。

「ランナー走ったぞ!」

 一塁を守っていた選手が咄嗟に声を上げるが、三年生ピッチャーから完璧に盗んだ倉持のスタートダッシュによって、同じく三年生キャッチャーからの送球が行われることなく余裕で二塁ベースへと到着した。
 一年生にまんまとしてやられたバッテリーがタイムを取って仕切り直そうとするが、未だに格下相手だと侮っている投手は若干冷静さを失っているように見える。

(ヒャハッ! これ以上はヒットも進塁も許さないって顔してんな。気合が空回りしているのが丸わかりだ。これなら三塁も……行ける!)

 倉持はそう確信した。
 三年の選手たちにはもう後がない。
 この紅白戦で結果を残さなければ、最後の大会をスタンドで過ごすことになるのだ。
 故に、監督が見ている前で少しでも良いプレーを見せる……そんな気持ちだけが先行してしまい、バッテリーの呼吸が僅かに噛み合っていなかった。
 付け入る隙があるのなら、そこを徹底的に揺さぶってやれば良い。

 そうして再び倉持は大幅なリードを取るが、今度はチラッと一瞥するだけで牽制球が飛んでくることは無かった。
 捕手からの距離が二塁ベースよりも三塁ベースの方が近い為、これ以上は走ってくることは無いと決め付けているのかもしれない。
 このまま三塁を狙っている倉持にとって、それは紛れもなく絶好のチャンスである。

 ピッチャーが二球目を投げると同時に再び倉持がスタートを切った。

「なっ!? おい、三塁だ!」

 誰もが暴走だと思っただろう。
 二塁への盗塁が成功することはあっても、三塁への盗塁が成功することなどほとんど無いのだ。
 大方、勘違いした一年が欲張った結果の無謀なプレーだと、そう判断した者はかなり多い。

 しかし、倉持は決してこれが無謀だとは思っていなかった。
 今ならやれる。
 そう思ったからこそ走ったのだ。
 だからこそこのプレーは無謀などではなく、自らの自信と経験に基づく根拠のある走塁であると胸を張って言える。

「舐めんじゃねぇ!」

 キャッチャーから三塁へ気合が入った送球が飛んでいき、そしてタッチとほぼ同時に倉持の足がベースに届いた。
 どっちだ。
 選手たちが固唾を飲んで見守る中、塁審を務めている者が両腕を大きく横に広げる。

「セーフ!」

 僅かに驚きを孕んだ表情で塁審がそう言い放つと、倉持は右手を上に突き上げた。
 ギリギリの判定。
 一歩間違えればチャンスをふいにした愚か者だったが、こうして無事に進塁できればヒーローだ。
 これには諦めムードが漂っていた一塁ベンチにも別の風が吹いたようで、身体を乗り出して応援する者がチラホラと出始める。

「良いぞ倉持! その調子でホームまで帰ってこい!」

「アイツに続けー! このままで終わらせるな!」

「お前らも声出さんかい! 全力で応援するんや!」

 味方に士気が戻ったことで、倉持の顔にも笑みがこぼれた。
 セーフティバントで出塁した倉持が、投手が一球投げることに進塁していき、気付けば一気に得点圏まで到達している。
 この状況なら外野へ飛ばせば確実に一点が入るし、たとえ内野へのゴロなっても行けそうならば強引に突っ込んでやると思っていた。

 そしてバッターは二番の白州という外野手。
 攻守ともに安定している選手で、練習でも一年生の中ではかなりのバッティング技術を持っている好打者だ。
 彼なら自分の役割をわかっているだろう。

 だが当然、そう易々と点をくれるほど、青道にいる選手は甘くない。

「くっ、打ち損じたか……!」

 転がった先は一塁線、投手が処理できる程度の距離だった。
 ホームへ走るか迷う絶妙なライン。
 どうする?
 ここは一旦三塁に戻って……。

「――迷うな! 突っ込め!」

「っ!!」

 一瞬の思考の後、止まり掛けていた身体が反射的に動く。
 どこから聞こえてきた声なのかはわからなかったが、グラウンドでもよく通るその声が誰のものかはすぐにわかった。
 自身が目標とする男の前で無様な姿は見せられないと、倉持は足をフル回転させてホームへと突っ込んだ。
 ボールがキャッチャーの元に送球され、そのミットが倉持へと迫る。

 そして――ミットは倉持の身体に当たることなく空を切った。

「セーフ! ホームイン!」

 片岡のその宣言により、一年生側のベンチにも完全に活気が戻ったのだった。

 

   

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