ピッチングが禁止されてから大体2週間くらいが経過した。
しかし、未だにピッチングの許可は降りておらず、俺は相変わらず決められた練習メニューをこなすだけの毎日を送っている。
……いや、もう良くね?
何度もそう思ったが、現状で一番の課題であるスタミナが強化されていっている実感があるので監督に文句も言えず、愚痴をこぼしながら従っている。
ただ、お陰で身体の筋肉も以前より増えたというか、より洗練されたような肉体となった。
無駄な筋肉なんて必要ないのでこれは正直嬉しい。
そして当然、この前あった練習試合とかも俺がマウンドに上がることは無かった。
ま、その代わりセンターとして試合に出たけどね。
投げられないストレスをバットに込めて思いっきり振ったら、なんと二本もホームランを打ってしまったよ。
肉体改造のおかげでパワーが上がっていたのか、バットがいつもより軽く感じたんだよね。
……ま、残りの打席は三振かボテボテのゴロだったけど。
あと、そのホームランの際にセンターのレギュラーである伊佐敷先輩から鬼のような視線が飛んで来た。
あの人は見た目はともかく根は良い人なので実害は無いんだけど、俺がポジションを奪うなんてことはないから安心して欲しい。
あ、それとこの2週間のうちに倉持が紅白戦での活躍を認められて二軍に合流したようだ。
これで永遠と続く体力トレーニングから解放されると喜んでいたんだけど、俺は今その体力トレーニングしか出来ないんだから少しは気を使って欲しいものである。
「それで、一体いつになったらお前の球を受けられるようになるんだ?」
俺と同じく、そろそろ不満が溜まってきている御幸がそう言ってきた。
「そんなの俺が聞きたいよ。もうマラソン選手にでもなった方が良い気がするくらい走ったし、マジでいつになったら投げられるんだろうな。肩が鈍っちゃいそうだ」
いくらシャドウピッチングをやっていたと言っても、やはり硬球を使って行う練習とは感覚がまるで違ってくる。
野球を始めてからここまでピッチングをして来なかったのは初めてだ。
心配なのはそれで調子を崩してしまうこと。
流石に監督だってそれはわかっているだろうけど、いちピッチャーとしては多少不安にもなる。
「てか、御幸は良いじゃねぇか。他のピッチャーの球を受けられてるんだから。俺なんて一人でシャドウするくらいしか許されていないんだぞ?」
「他の投手陣の球を受けるのも楽しい。それは間違いない。でも南雲と比べると、な。ワクワク感が物足りなくなっちまうんだよ。あんな意味不明なストレートや変化球を投げられるのはお前しかいない」
おう?
これは褒められるのか?
ま、褒められているということにしておこう。
そうして御幸と話し込んでいると、俺たちに向かって三年の先輩が近付いてきた。
「南雲、監督がお前のことを呼んでたぞ。それと御幸もだ。練習を始める前に二人で監督の所に行って来い」
「うす、わかりました」
「はい」
「それじゃあ伝えたからな? ちゃんと行くんだぞ」
三年の先輩はそれを俺たちに伝えると、さっさとグラウンドの方に歩いて行った。
それにしても監督が俺と御幸を呼んでた、か。
一体なんだろうね。
向かう先は野球部の部室だ。
これで練習量を上げるとかの話だったら……クマさんとクリス先輩に泣きついてやる、とそんなことを考えながら俺は御幸と一緒に移動を始めた。
「南雲、どんな話だと思う?」
「お前が怒られるようなことをしていなければ、二人揃って体力メニューをしてろとかじゃね?」
「……どっちも嫌なんだけど」
コンコンとドアをノックし、『失礼しまーす』と言いながら部室に入室する。
中に居たのは監督と高島先生と太田部長の三人だった。
そして、高島先生に『待ってたわ、二人とも』と出迎えられる。
「俺たちに話があるって聞いたんですけど、どうかしました?」
「それは監督から直接聞いて頂戴」
俺と御幸の視線が、自然と奥の椅子に座っている片岡監督の元に流れた。
相変わらず監督のグラサンの奥に見える目は怖い。
どのくらい怖いかと言うと、この空間には高島先生という癒しがあるのに、それを打ち消してプラマイゼロにするくらい怖い。
ちなみに太田部長は何も感じないので基本的に無である。
「明日、他校との練習試合があることは知っているか?」
「あー、えっと、はい。知ってます」
今度はちゃんと覚えていた。
対戦相手の高校までは知らないけど、確か東東京地区の高校だったと思う。
言い淀んだのはあれだ。
どうせ投手としての出場は無いと踏んでいたから、記憶の奥に追いやられていただけである。
決して忘れていた訳じゃない。
「その試合の先発を南雲に任せる」
「……えっ、投げても良いんですか!?」
「ああ、そうだ。投球禁止は今日で終わりにする。正直、隠れて勝手に練習するだろうと思っていたんだが、よくここまで耐えてくれたな。明日の試合では思いっきりその力をぶつけてくれ」
おぉ、この時を待っていた!
まさかこんなにピッチング練習が出来ないなんて予想外だったけど、勝手に投球練習をせずに大人しくしていて良かった。
これは嬉しい誤算だ。
下手したらあと数週間くらいはこのままなんじゃないかと心配していたから、無事に解除されて本当に嬉しい。
「あざす! 明日の試合では、関東大会からさらに進化した俺をお見せしましょう!」
「ああ、期待している。そして捕手は御幸、お前だ。しばらく南雲の球を受けていなかっただろうが、いけるな?」
「は、はい! もちろんです!」
御幸が俺が投げられない間、三年の佐藤先輩や二年の丹波先輩とバッテリーを組んだりして一軍の試合に出ていた。
クリス先輩が離脱した今、着実に実績を積んで正捕手に一番近い存在となっている。
俺も負けていられない。
「よーし御幸、それじゃあ早速練習だ。さっさとブルペンに行くぞ!」
「おう!」
「……明日試合があるんだ。それをしっかり覚えておけよ?」
監督の言葉に元気よく二人で『はい!』と返事を返し、俺たちは一目散に部屋から飛び出した。
最強のエースに、俺はなる!