楽しみにしていた練習試合が終わった。
……なんというか、終わってみるとずいぶん呆気ない試合だったという印象だ。
練習試合の対戦相手は、東東京地区でそこそこの強豪校だという話を聞いていたんだけど、9回まで俺が投げ切ってヒットどころか出塁記録が一度も無い。
所謂、完全試合というものを達成してしまったことになる。
奪三振の数も22と文句なしの成績で、かなり調子良く投げられたと思う。
心配していたスタミナも結構余裕を持ってペース配分が出来ていたし、ここ最近のトレーニングの成果を実感できる試合だった。
ま、だからと言って自惚れたりはしないよ。
俺が目指しているのはもっと先だから、たとえ練習試合で完全試合を達成しても慢心なんてしない。
嬉しいのは嬉しいけどね。
そういえばパーフェクトをやったのは高校に上がってからはこれが初めてだな。
中学の時にも何回か経験があるんだけど、今日の試合ほど完全に抑え込んではいなかった気がする。
うんうん、無事に投球禁止から幸先の良い再スタートを切れたよう何よりだ。
「これも全部、クリス先輩のトレーニングメニューのおかげかな」
「ん、どうかしたか?」
俺の呟きを拾った御幸がこちらへ振り向いた。
「いや、ちゃんとトレーニングの成果が出て良かったなぁと思ってさ。しっかり9イニング投げれたし、何なら体力はまだ余っている。それにピッチングだけじゃなく、打撃力も以前より増しているだろ? クリス先輩が考えてくれた練習メニュー、毎日欠かさずこなして正解だったよ」
「あぁ、あれね。あんなの毎日平気な顔で出来るのは南雲くらいだから、間違っても誰かに勧めるんじゃないぞ?」
「そうか? そりゃ最初はキツいけど、慣れれば大丈夫だって。御幸もクリス先輩に頼んで、一週間くらい特別メニューをやってみろよ。絶対に成長出来るぞ。俺が保証する」
「だから俺はやらねぇって……」
御幸はよっぽど俺がやってたメニューが辛かったらしい。
俺に付き合って練習メニューをこなしていた時のことを思い出しているのか、顔を青くして気分が悪そうにしている。
そんなにか?
それに、あれは投手の俺ようにクリス先輩が考えてくれたトレーニング方法だから、捕手だとまた違ったものに変わると思うけどね。
楽な練習になるのか、もっと辛い練習になるのかは置いておいて。
すると、青い顔していた御幸が少しだけ真面目な表情に変わった。
「あ、一つだけさっきの試合で気になる事があったんだった」
「なんだ?」
「うーん、上手くは言えないんだけどさ、お前が投げたフォーシームの中に何球かよくわからん球があったんだよな」
「……なんじゃそりゃ」
説明足らずな御幸の言葉に、俺は呆れた顔で返すしかなかった。
よくわからん球って流石に抽象的すぎるだろ。
いくら俺でもさっぱり理解出来ないぞ?
ただ、もしそれがフォーシームにシュート回転が掛かっているとかなら、変な癖が付く前に早目に修正しなければならない。
ストレートに中途半端な変化が加わっているなんて、そんなの良い事は一つもないからな。
ましてや俺の直球は球威が一番の武器だ。
それが落ちてしまう要素は全て排除する必要がある。
俺のそんな考えを読み取ったのか、御幸は急いで付け加えた。
「よくわからない球って言っても、別に悪い意味じゃないんだ。むしろその逆。普通のストレートよりも質は上だった。ほら、一度だけ相手の選手が腰抜かしてた時があっただろ。そん時の球だ。まるでホップしてるようなノビのあるストレート」
うーん?
……あぁ、あれか。
確かに自分でも投げた瞬間、いつもと違う感覚が指先にあった投球が何回かあった気がする。
上手い具合に指先がボールの縫い目に掛かって、それで今まで以上に回転数が多くなったのかもしれない。
試合中は少し調子が良いだけだろうと、無意識のうちに見逃していたようだ。
「特に意識してた訳じゃないけど、たぶんあれなら練習すればポンポン投げられるようになると思う」
「え、マジ?」
「ああ。要は投げるタイミングで、指先をギュってして腰をグリンってすれば良いだけだから簡単だ」
「……全然意味わからないけど、出来るのなら練習してみる価値はあるかもしれないぜ。あの球を自在に操れるようになれば、間違いなく強力な武器になるだろうからな。どうする?」
なるほど。
これはあれだな、強化フラグってやつだな。
フォームや調子を崩しリスクを取って新しい武器を手に入れるか、もしくは現状維持を取って何もしないか。
どちらを選択するかなんて決まっている。
当然、俺が大きく成長出来る方だ。
「そっか、それじゃあ試してみよう。流石に今日は試合の後だからそんなに多くは投げられないけど、少しくらいだったらまだ大丈夫だからさ」
「なら、クリス先輩と監督も呼んだ方が良いな。試合後なのに投げているのがバレると、また体力トレーニングに逆戻りになりかねない」
「うっ、確かに。俺がクリス先輩を呼びに行くから、御幸は監督を頼む」
自然な流れで御幸に監督を呼びに行かせようとすると、御幸はジト目で俺を睨んで来た。
「……お前、監督を呼びに行くのが嫌だから俺に押し付けたな?」
「ぼく知らなーい。それじゃあ、ちゃんと連れて来いよ。屋内練習場に集合な」
「あ、待て――」
御幸に捕まる前に俺はさっさとその場を後にした。