ダイジョーブじゃない手術を受けた俺35

 楽しみにしていた練習試合が終わった。
 ……なんというか、終わってみるとずいぶん呆気ない試合だったという印象だ。
 練習試合の対戦相手は、東東京地区でそこそこの強豪校だという話を聞いていたんだけど、9回まで俺が投げ切ってヒットどころか出塁記録が一度も無い。
 所謂、完全試合というものを達成してしまったことになる。

 奪三振の数も22と文句なしの成績で、かなり調子良く投げられたと思う。
 心配していたスタミナも結構余裕を持ってペース配分が出来ていたし、ここ最近のトレーニングの成果を実感できる試合だった。

 ま、だからと言って自惚れたりはしないよ。
 俺が目指しているのはもっと先だから、たとえ練習試合で完全試合を達成しても慢心なんてしない。
 嬉しいのは嬉しいけどね。

 そういえばパーフェクトをやったのは高校に上がってからはこれが初めてだな。
 中学の時にも何回か経験があるんだけど、今日の試合ほど完全に抑え込んではいなかった気がする。
 うんうん、無事に投球禁止から幸先の良い再スタートを切れたよう何よりだ。

「これも全部、クリス先輩のトレーニングメニューのおかげかな」

「ん、どうかしたか?」

 俺の呟きを拾った御幸がこちらへ振り向いた。

「いや、ちゃんとトレーニングの成果が出て良かったなぁと思ってさ。しっかり9イニング投げれたし、何なら体力はまだ余っている。それにピッチングだけじゃなく、打撃力も以前より増しているだろ? クリス先輩が考えてくれた練習メニュー、毎日欠かさずこなして正解だったよ」

「あぁ、あれね。あんなの毎日平気な顔で出来るのは南雲くらいだから、間違っても誰かに勧めるんじゃないぞ?」

「そうか? そりゃ最初はキツいけど、慣れれば大丈夫だって。御幸もクリス先輩に頼んで、一週間くらい特別メニューをやってみろよ。絶対に成長出来るぞ。俺が保証する」

「だから俺はやらねぇって……」

 御幸はよっぽど俺がやってたメニューが辛かったらしい。
 俺に付き合って練習メニューをこなしていた時のことを思い出しているのか、顔を青くして気分が悪そうにしている。

 そんなにか?
 それに、あれは投手の俺ようにクリス先輩が考えてくれたトレーニング方法だから、捕手だとまた違ったものに変わると思うけどね。
 楽な練習になるのか、もっと辛い練習になるのかは置いておいて。

 すると、青い顔していた御幸が少しだけ真面目な表情に変わった。

「あ、一つだけさっきの試合で気になる事があったんだった」

「なんだ?」

「うーん、上手くは言えないんだけどさ、お前が投げたフォーシームの中に何球かよくわからん球があったんだよな」

「……なんじゃそりゃ」

 説明足らずな御幸の言葉に、俺は呆れた顔で返すしかなかった。
 よくわからん球って流石に抽象的すぎるだろ。
 いくら俺でもさっぱり理解出来ないぞ?

 ただ、もしそれがフォーシームにシュート回転が掛かっているとかなら、変な癖が付く前に早目に修正しなければならない。
 ストレートに中途半端な変化が加わっているなんて、そんなの良い事は一つもないからな。
 ましてや俺の直球は球威が一番の武器だ。
 それが落ちてしまう要素は全て排除する必要がある。

 俺のそんな考えを読み取ったのか、御幸は急いで付け加えた。

「よくわからない球って言っても、別に悪い意味じゃないんだ。むしろその逆。普通のストレートよりも質は上だった。ほら、一度だけ相手の選手が腰抜かしてた時があっただろ。そん時の球だ。まるでホップしてるようなノビのあるストレート」

 うーん?
 ……あぁ、あれか。
 確かに自分でも投げた瞬間、いつもと違う感覚が指先にあった投球が何回かあった気がする。
 上手い具合に指先がボールの縫い目に掛かって、それで今まで以上に回転数が多くなったのかもしれない。
 試合中は少し調子が良いだけだろうと、無意識のうちに見逃していたようだ。

「特に意識してた訳じゃないけど、たぶんあれなら練習すればポンポン投げられるようになると思う」

「え、マジ?」

「ああ。要は投げるタイミングで、指先をギュってして腰をグリンってすれば良いだけだから簡単だ」

「……全然意味わからないけど、出来るのなら練習してみる価値はあるかもしれないぜ。あの球を自在に操れるようになれば、間違いなく強力な武器になるだろうからな。どうする?」

 なるほど。
 これはあれだな、強化フラグってやつだな。
 フォームや調子を崩しリスクを取って新しい武器を手に入れるか、もしくは現状維持を取って何もしないか。
 どちらを選択するかなんて決まっている。

 当然、俺が大きく成長出来る方だ。

「そっか、それじゃあ試してみよう。流石に今日は試合の後だからそんなに多くは投げられないけど、少しくらいだったらまだ大丈夫だからさ」

「なら、クリス先輩と監督も呼んだ方が良いな。試合後なのに投げているのがバレると、また体力トレーニングに逆戻りになりかねない」

「うっ、確かに。俺がクリス先輩を呼びに行くから、御幸は監督を頼む」

 自然な流れで御幸に監督を呼びに行かせようとすると、御幸はジト目で俺を睨んで来た。

「……お前、監督を呼びに行くのが嫌だから俺に押し付けたな?」

「ぼく知らなーい。それじゃあ、ちゃんと連れて来いよ。屋内練習場に集合な」

「あ、待て――」

 御幸に捕まる前に俺はさっさとその場を後にした。

 

   

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