屋内練習場に俺と御幸、監督とクリス先輩、それから一軍の選手が何人か集まっている。
いや、呼んだのは監督とクリス先輩だけなんですけど……皆さん暇なんですか?
そんなことを考えていると、俺の疑問に哲さんが答えてくれた。
「お前がまた何かやると聞いて、気にならない奴はいない。俺たちの事は気にせず投げてくれ」
「あ、俺は別に構いませんよ哲さん。その代わり見ていて何かに気付いたら、どんな些細なことでも良いので言ってくれると有り難いです」
「それは任せてくれ」
俺のやる気が上がるから、ギャラリーが多いのは大歓迎だ。
それに、人が多い分アドバイスを貰える可能性が増えるしね。
集まっている中には投手の佐藤先輩もいるし、野手の選手には野手の選手にしか気付けないこともあるかもしれないので、先輩たちが集まってくれたのはむしろ好都合だった。
注目されれば気合が入るというものだ。
「南雲、言っておくが今日はそれほど球数は投げさせないからな?」
「うす。その分、一球一球に魂込めて投げるんで、必ずモノにしてみせますよ」
監督から釘を刺されてしまったが、だからといって失敗するつもりはない。
どうせ数を投げれば習得出来るという訳でもないだろうし、球数を制限された方が却って集中できて良いかもしれないな。
「それならバッターがおった方がお前も練習になるやろ。どういう球筋なんか、ワシも気になるしな。安心せぇ。流石に屋内でバット振り回したりせぇへんから」
「あざす、東先輩。そっちの方が雰囲気出るんで助かります」
ただ、バットを片手に歩いてくる東先輩に監督が待ったをかけた。
「東、打席に入るなら念のため防具を付けろ。いつも通りの投球練習ならともかく、新しい球を試すのなら身体に向かって飛んでくる危険があるぞ」
あ、俺もそうして欲しいかも。
今の俺はまだコントロールが完全に戻ってきている訳ではないから、絶対に当てないと胸を張って言える自信が無いからね。
それに加えて未完成のボールを投げるんだ。
150キロで飛んでいく硬球なんて凶器以外の何者でもないし、防具を付けてくれた方が俺も安心して投げられる。
「そんじゃあ来いや。バットを振りはせんけど、ホンマに打つ気で構えるからエエ緊張感が出るはずや」
そして全身をバッター用の防具で固めた先輩は、そう言って東バットを構える。
すると、ピリピリとした気迫が離れた場所にいる俺の所まで届いてきた。
実戦さながらの緊張感だ。
打席でバットを構えているだけで、ここまでの威圧感が出せるバッターはそうはいないだろう。
惜しむらくはこれが真剣勝負ではないという事か。
是非、東先輩とはグラウンドでまた真剣勝負したい。
もちろん他の選手とも。
「行きます」
頭の中でのイメージは完璧だ。
あとはそれを実行するだけ。
このストレートを投げるコツとしては、まずいつも通り同じ投球フォームで動作に入り、そしてボールをリリースするタイミングで少しだけ変化を加える。
腰の回転を意識しつつ、ボールを指で押し出すような感覚。
そうすることで球の回転数が上がり、空気抵抗を小さくなることでさっきみたいなノビのあるストレートに化ける……と思われる。
理論的なことは知らないが、試合中に無意識で投げていた球もこうして投げていたんだと思う。
「――っらぁ!」
俺の指先から放たれた球は、狙い通りいつも以上の回転が掛かったまま進んで行き、御幸のミットに破裂音みたいな音を立てて収まった。
おっ、一発目から結構良い感じじゃね?
「駄目だな。これなら普通のフォーシームとそんなに変わらない。
「マジかー。手応えはあったんだけど……うし、次だ!」
御幸にバッサリ切り捨てられたが、その程度でへこたれていたら成長なんて出来ない。
気を取り直してイメージの練り直しだ。
「……あれでダメなんか? ワシから見てもかなりエエ球が来とったで?」
「試合中に南雲が投げた球はあれの比じゃなかったです。正直、迫力が段違いですよ」
「どんな球やったんや、それ」
そんな会話を聞きながら、俺は頭の中でイメージ明確にしつつあった。
今度はボールの回転軸を意識してみるか。
さっきの回転数を維持したまま、回転の軸を水平にする。
俺の経験上、軸を水平に近づければ近づけるほど球のノビが良くなり、打者から見てホップするような打ちにくい球になるんだ。
「それじゃあ2球目、行きまーす」
「おっしゃ来い!」
本当に打ってきそうな雰囲気を出す東先輩。
そんな先輩に少しだけ不安になりながらも、俺は腰の動き、指の感覚、回転軸の三つを意識しながら身体をコントロールする。
シュッ、と空気を切り裂くように腕を振り切り、俺の全体重を乗せた渾身のボールは御幸のミット……のはるか上へと飛んで行った。
ま、まずい!
御幸の後ろにはネットが立っていたが、そこにガシャン! と壊すくらいの勢いで突き刺さってしまう。
「うわっ! すいません、大丈夫ですか!?」
俺が慌てて声を上げると、ちょうどそのネットの裏で見ていたクリス先輩が口を開いた。
「ああ、大丈夫だ。しかし……なるほど。確かにこれが完成すれば良い武器になる。今まで南雲が投げていたストレートも強力だったが、さっきのはそれ以上のものに感じた。たとえ甲子園クラスの高校が相手でもそう簡単には打てないだろう」
ありゃ?
完全に失敗したと思ったけど、クリス先輩からお墨付きをもらえた。
ていうか、めっちゃ冷静っすね。
監督とクリス先輩以外の人はビックリして体が反応していたし、もっと慌てても良いと思うんだけど。
「さっきのピッチングはいつもより踏み込みが浅いように見えた。次はそれを踏まえて投げてみろ」
「あ、うっす!」
監督も非常に冷静だ。
怒られなくて良かった。
「……なぁ、御幸」
「ん、なんですか? 東先輩」
「今からでも退いたらあかんやろか。あんな身体に当たるって考えたら、めっちゃ怖いんやけど……」
「ははは、大丈夫ですよ。もし当たっても、東先輩ならお腹のお肉でダメージが通らないですから」
「こんガキィ……! 後で覚えとけよ!? 南雲ぉ、遠慮せず思いっきり投げェ!」
「はい! ぶつけるつもりで思いっきり投げます!」
東先輩の『アホォ! そういう意味ちゃうわ!』という叫びを華麗に聞き流しながら、俺はピッチングを再開した。
あぁ、ワクワクする。
きっと今の俺は新しい玩具を買ってもらった子供みたいに笑っていることだろう。
自分が成長していると感じるこの瞬間がたまらなく楽しい。
――ズバァァァァアン……!!
そして10球目、屋内練習場にうるさいくらいの捕球音が響いた。
監督や先輩たちにアドバイスをもらいながら改良していき、俺はついにフォーシームを進化させることに成功したのだった。