ダイジョーブじゃない手術を受けた俺37

 本格的に気温が高くなってきた今日この頃。
 聞いた話だとそろそろウチでは地獄の合宿とやらが始まるらしい。
 具体的に何が地獄なのかは誰も詳しく教えてくれなかったが、とにかく地獄なのだと脅された。
 ……主に伊佐敷先輩から。
 食事が喉を通らないくらい厳しいとの噂だ。

 とまぁそんな合宿だが、俺は結構楽しみだったりする。

「合宿ってどんな練習するんだろうなー。普段の練習にもだいぶ慣れたから、それ以上に効率の良い練習だったら良いなー」

 そんなことを口にする俺を見て、クラスメイトであり野球部のマネージャーでもある夏川 唯が笑みをこぼした。

「フフッ、上級生たちはみんな合宿を嫌がっていたのに、南雲君は楽しそうにしているんだね?」

「だって合宿っていう響きが良いじゃん。俺がいたシニアではそういうの無かったし、先輩たちがビビるくらいキツいなんて絶対に今より成長出来るだろ。そんなの嫌がるどころか大歓迎だよ」

 球速とコントロール、あとは変化球とかも磨きたいな。
 それから習得したばかりのフォーシームだってまだまだ練習が必要だと思う。
 全然時間が足りない。
 今度の合宿で自分の力を更に磨くことが出来るのなら、どんなしんどい練習でも喜んでやるさ。

 ちなみに、彼女のことは今では夏川と呼び捨てにしている。
 少し前ではさん付けで呼んでいたんだけど、夏川本人から呼び捨てで良いと言ってきたんだ。
 もう一人の一年生マネージャーである梅本 幸子って子と一緒にね。
 俺としても楽だから地味に助かっている。

「流石、期待の新人さんは言うことが違う。この前の試合だって凄かったんでしょ? 貴子先輩がすっごく嬉しそうに話してくれたよ。今年は本当に甲子園に行けるかもしれない、って」

「当然。俺も行くつもりだよ、甲子園。なんなら三年間通うつもりだし」

 高校球児になったからには、やっぱり甲子園というのは特別な存在だ。
 俺だって少しくらいは憧れる。
 そして、それは選手をサポートしてくれている藤原先輩たちマネージャーだって同じだろう。
 だからこそ、俺たちは彼女たちの分まで試合で勝ち続けなければならないのだ。

 ま、そんな格好良いこと言ったって、結局俺は自分が楽しいから頑張ってるっていうのが一番なんだけどね。
 もちろん彼女たちに感謝している気持ちもあるから、甲子園には俺が連れて行くってつもりで投げている。

「それじゃあ楽しみにしてるね。南雲君がマウンドで投げているとこを見るの、好きだから」

 俺は一瞬だけ目を丸くする。
 まさかこの話の流れで『好き』と告白されてしまうとは思わなかった。
 ぷっ、まぁ夏川はそういう意味で言ったわけはないだろうけど。

「はははっ、いきなり告白とは大胆だな」

 夏川が突然好きなんて言うもんだから、思わず吹き出してしまったぞ。
 言った本人もやはり特に意識していた訳ではないようで、自分が口にした言葉を思い出して今更ながら顔を真っ赤にして慌てている。

「い、今のは違くて、その、言葉の綾というか……」

「わかってるって。あ、そうだ。せっかくだし、俺のことじゃなくてそっちの話でも聞かせてよ」

「私の話?」

「そそ、マネージャーの仕事って何やってるの? 実はあんまり知らないんだよね」

 あまりにも動揺していたから話題を変えてあげた。
 それにマネージャーの仕事に興味があるのは本当である。
 試合のスコアブックとかを藤原先輩が付けてくれてるのは、実際に見たことがあるから知っているけど、具体的に夏川たちマネージャーが何をしてくれているのかは知らない。
 あとは、練習中に球拾いをしてくれているのをチラッと見たことがあるくらいか?
 だから普段どういう仕事をしているのか気になるんだよね。

 俺がマネージャーの仕事について聞くと、夏川はまだ少しだけ赤い顔のまま答えてくれた。

「うーん、そうだなぁ。私とさっちゃんがやってるのは基本的に雑用とかだよ。ボール拾いやったり、それを磨いたりね。他には備品の在庫を確認したり、スポーツドリンクを用意するのもマネージャーの仕事かな。たまに買い出しにも行ったりするよ」

「……大変じゃない?」

 思っていたよりもかなり大変そうだった。
 サポートされている側の自分で言うのもなんだけど、よくそんな仕事を続けているな……。

「大変だけど楽しいよ。それに、わからない事があっても藤原先輩が丁寧に教えてくれるから、マネージャーの仕事にもようやく慣れてきたんだ。だから全然大丈夫。私からすれば、南雲君たちの方がキツい練習を毎日やって凄いと思うし」

「……いつもありがとうございます」

 俺は気付けば夏川に頭を下げていた。

「えっ、急にどうしたの?」

「日頃俺たちが練習に集中できているのは、夏川たちが居てくれるからだと再確認してさ。マジでありがとう。夏川たちが居てくれて本当に助かるよ」

「ど、どういたしまして……?」

 夏川に日頃の感謝を伝えていると、他のクラスである一年生マネージャーの梅本が俺たちの教室に入ってきた。

「唯、ちょっと手伝って欲しいことがあるんだけど……って、あー、もしかしてお邪魔だった?」

 どうやら夏川と話しているのを見て気を使っているらしい。

「大丈夫だ。ちょっと盛り上がっていただけだから。それより梅本、お前もいつもありがとう。感謝している。そして、これからもよろしく頼む」

「……話の流れが読めない。唯、一体何事よ?」

「斯く斯く然々で……」

 夏川が簡単に説明すると、それを聞いた梅本は何故か呆れ顔になった。

「なるほど。つまりあんたらは二人で仲良くイチャついていた訳ね。リア充はこれだから困るわ」

「何を言ってる。俺は夏川だけじゃなく、梅本にも感謝しているんだ。もちろん、藤原先輩にもな。困ったことがあったら何でも言ってくれ。俺は全力でマネージャーたちをサポートするからさ」

「それじゃあ立場が逆だし……まぁいいや。それより唯をちょっと借りるわね」

「おう」

 俺が返事を返すと、梅本はいつの間にか再び顔が赤くなっている夏川を連れて教室から出て行った。

 …………あれ?
 今教室には御幸も倉持もいない。
 つまり俺、ボッチじゃん。
 わざわざ誰かの所に行くのも面倒だし、特に何もすることは無い。

 はぁ、寝るか。
 おやすみ。

 

   

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