ダイジョーブじゃない手術を受けた俺39

 今日は最後の一軍入りのメンバーが発表される日だ。
 また後日、合宿明けに一軍の中からレギュラーと背番号が発表されるが、今日一軍に昇格出来なければそもそもその選考にすら入ることは出来ない。
 上を目指しているチームなだけあって厳しい世界である。
 ただ、そういう環境だからこそ、甲子園を狙えるような強いチームが出来上がるのだとも思う。

「――これから一軍へ昇格する2名を発表する」

 ゴクリ、と誰かが息を呑んだ。
 やはりこの場にいる者は皆緊張していて、監督の次の言葉をジッと待っている。
 特に、三年生はここで選ばれなければ実質引退するのと同じことであり、他の学年の選手と比べて重みがまるで違う。
 表情を見てもその違いがはっきりとわかるほどだ。

 そんな張り詰めた空気の中、片岡監督は粛々と話を進めていった。

「選ばれた者は自分が代表であることを自覚し、それに恥じない振る舞いを心掛けろ。そして、選べれなかった者は今日から一ヶ月、一軍のメンバーをサポートしてやって欲しい。よろしく頼む」

 これはある意味、戦力外通告と同じかもしれない。
 どれだけ綺麗な言葉で言い繕っても、選ばれなかった選手が試合に出れないことには変わりないのだから。
 きっと、ここにいる誰もが自分の名前を呼ばれることを願っている。
 監督もそれが痛いほどわかるのだろう。
 いつもより心なしか声のトーンが低い気がする。

 そうして選手たちが固唾を呑んで監督の言葉を待っていると、ようやく一軍へ昇格する選手が発表された。

「一軍へ昇格する選手は……三年、瓜生 雅人。そして一年、倉持 洋一。以上だ」

 っ!
 倉持が選ばれた。
 今すぐにでも祝ってやりたいが、流石にそういう雰囲気ではない。
 選ばれた者がいれば選ばれなかった者もいる。
 そして、この場には圧倒的に後者が多い。

 チラッと周囲を見て見れば悔しさで拳を握りしめている人達がいて、そのほとんどが三年生……つまり、今日この場で最後の大会に出場することなく引退が決まった人達だ。
 俺はその人達の顔を見ることが出来なかった。
 見れば……少し、ほんの少しだけだが同情してしまい、先輩たちの覚悟を貶してしまうかもしれないと思ったから。

「瓜生と倉持を加えた一軍20名で夏を戦う。明日の練習に備えて今日はこれで解散だ。各自、体調に気を付けるように。……一軍に選ばれなかった三年はここに残ってくれ」

 そう締めくくられ、一年と二年、それから一軍の三年生がゆっくりと屋内練習場から立ち去っていく。
 俺も出て行こうとするが、その場から動こうとしない倉持が目に留まったので、首根っこを引っ掴んで無理やり退場させた。

「ほら、はやく行くぞ。お前は選ばれたんだから、もっとシャキッとしろ。胸を張れ」

「お、おう……」

 心ここに在らずといった様子で気の抜けた返事を返してくる倉持。
 これは、どっちだ?
 一軍に選ばれて舞い上がっているのか、それとも選ばれなかった三年生に罪悪感を感じているのか。
 外に出た後、俺は未だに放心状態の倉持に問いかける。

「倉持、お前もしかして……先輩たちに申し訳ないとか思ってるのか?」

 今まで二軍で試合をしていたのもあって、それなりに先輩たちとの交流もあった筈だ。
 だから、倉持が三年の先輩たちに遠慮してもおかしくは――。

「は? 全然違うけど?」

「……え?」

 しかし、俺が予想していた言葉とは全く違っていた。

「どうして俺が遠慮するんだよ。そりゃ罪悪感もなくはないけど、選ばれたからには今まで以上に力を付けるだけだ。ヒャハ! さっそくバット振ってくるぜ!」

「……えぇ」

 そう言って倉持は元気に走っていった。
 俺はその背中を呆然と見送り、はぁ、とため息を吐く。
 変に色々と考えてしまったのがアホらしくなるよ、ほんと。

「心配して損した」

 それにあの馬鹿、今日は身体を休めろって監督の言葉をまったく理解してないな。
 無事に昇格できて嬉しいのはわかるけど、ここ最近はオーバーワーク気味だったし、今日くらいは早目に切り上げさせないと。
 そんなことを呆れながら考えていると、今のやりとりを見ていたらしい御幸が近付いてきた。

「ははっ、あいつらしいな。ま、変に気負うような事がなくて何よりだ」

「そうなんだけどさ、多少なりとも心配していた身としては肩透かし食らったというか。まぁ、別に良いんだけど」

 倉持が前を向いているのなら別にいい。
 それくらい肝が据わっているのはむしろ頼もしいくらいだし。

「ん? あ、やべ。タオル忘れてきた」

 それはともかくとして、どうやら屋内練習場にタオル置いて来てしまったようだ。
 でも、流石に今取りに行くのはマズイよな……。
 くっそぉ、あいつに気を取られすぎて自分のタオルを忘れてくるなんて、全部倉持の所為だ。

 取りに行こうにも、まだ話し合いが続いていれば邪魔になってしまうか。
 仕方ない。
 まずは様子を確認するために、窓からそっと中を覗き込んだ。

「――っ」

 その光景を見た俺は言葉を失った。
 先輩たちが大粒の涙を流していて、そこは俺が思っていた以上に……。
 俺が窓を覗いたまま固まっていると、御幸もどうしたんだと見に来て、同じく固まった。

「覚悟はしていたけど、やっぱり悔しいな……」

「うっ、うぅぅ……」

「お前たちは俺の誇りだ。この三年間、よく頑張ってくれた。そしてさっきも言ったが、どうか一軍のメンバーをサポートしてやって欲しい。頼む」

「もちろんです……!」

「俺たちだって最後まで一緒に戦いますよ!」

 そんな声が聞こえてくる。
 選ばれなかった三年生達は言葉では言い表せないくらい悔しだろう。
 にもかかわらず、監督の口から改めてサポートしてやって欲しいと言われて、『はい、わかりました』と言えるのはとても凄いことだと思う。
 俺なら……どうだろうか。
 心から仲間をサポートしますと、そう言えるのだろうか。

 俺は今までの野球人生でベンチに入れなかったことは一度もない。
 大事な試合では投手として登板しない日でも野手として試合に出ていたし、スタンドで仲間が戦っているのを眺めているだけ、そんな経験をした事はないのだ。
 だから俺には、あの人たちの気持ちを本当の意味で理解することは出来ないのかもしれない。

 だけど、それでも先輩達が流している涙が、とても重みのあるものだということはわかる。
 三年間キツい練習を続けてきた結果、その力を発揮する機会さえもらえずに最後を迎えるのだ。
 その悔しさは尋常ではないはず。
 彼らの努力を無駄にしない為にも、残った俺たちは勝ち続けなければならない。

 俺はその光景を目に焼き付け、頬をパシッと叩いて気合を入れた。

「……絶対勝つ」

「ああ。元から負けるつもりなんて無かったけど、それでも選ばれたからにはやるしかないよな」

 今日、また一つ負けられない理由ができた。

 

   

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