今年の夏を戦うメンバーが決まった。
高島先生から借りた一軍選手のプロフィールを野球部の食堂で見ながら、俺はおやつとして取っておいたチョコレートを摘み、口に放り込む。
『三年生』東 清国、田島 熊五郎、佐藤 新、広瀬 太郎、山口 大吾、諸見里 祐介、反町 英二、松本 隆志、浜田雅秋、須賀 聡、瓜生 雅人……計11人。
三年生はキャプテンである東先輩を筆頭に、打撃力が高い選手が多い印象だ。
今までレギュラーとして一軍の試合に出たことが無い人でも、スタンドへ飛んで行く一発があるという圧倒的な攻撃力。
それに加えて今までエース番号を背負っていた佐藤先輩や、もう一人の三年生ピッチャーである諸見里先輩もいて、この三年メンバーだけでもかなり良いチームが出来上がりそうである。
『二年生』結城 哲、小湊 亮介、伊佐敷 純、丹波 光一郎、宮内 啓介、坂井 一郎……計6人。
二年の先輩たちは、三年に比べると打撃力では若干見劣りする感じではあるんだけど、それでも哲さんを中心に総合力がかなり高いと思う。
特にセカンドを守る小湊先輩は守備も上手いし、バッティングでは青道一のセンスを持っている選手だ。
俺と同じピッチャーである丹波先輩だって、コンディションさえ良ければいい選手だし。
『一年生』南雲 太陽、御幸 一也、倉持 洋一……3人。
言わずもがな一年は俺たち三人である。
入学当時は同学年から『触るな危険!』という感じで避けられていたけど、今では全然そういうことがなくなった。
それどころか頑張れよ、と声を掛けてくれるくらいには距離が縮まっている。
いずれは一緒に戦うことになるだろうから、他の同学年の選手とも出来るだけコミュニケーションを取っていたのが幸いしたな。
さて、この合計20人のメンバーで戦っていくことになるんだが、背番号やレギュラーについては、合宿やその後に予定されている他校との練習試合を参考にして監督が決めるらしい。
当初からの目標であるエース番号を全く諦めていない俺からすると、監督にそう言われると絶対に勝ち取ってみせるとやる気が出てくるというものだ。
「南雲君、難しい顔して何を見てるの?」
パッと顔を上げると藤原先輩が立っていた。
「これは一軍メンバーの簡単なプロフィールみたいなものっすね。高島先生に借りたんですよ。後ろを守ってもらう以上、少しは先輩たちのことを知っておきたくて」
「ふーん。いいね、そういうの。でもそれなら本人たちと直接話した方が良いんじゃない?」
「今はメンバー発表されたばかりで、みんな気合入れて練習してますからね。それに水を指したくないんですよ。何日か日を置いてから声をかけるつもりです」
今まで一軍にいたからそれなりに先輩たちと会話していたが、その相手って結構限定されているんだよね。
一軍でよく話す上級生は、東先輩、クマさん、佐藤先輩、哲さん、小湊先輩、伊佐敷先輩、宮内先輩、あとは離脱中のクリス先輩くらい。
他の人とも話すことはあるけど、本当に必要最低限って感じだ。
俺自身、自分からグイグイ行くタイプではないし(野球に関連することは除く)。
「先輩は一年の時からマネージャーをやってくれているんですよね? 先輩から見て凄い選手とかいますか?」
「凄い選手? うーん、私からすればみんな凄いんだけど、あえて挙げるとするならキャプテンの東先輩とか、二年の結城君じゃないかしら。練習でも試合でもバンバン長打を打っているし、何よりチームを引っ張っている選手って感じがするわね」
「あ、それはわかります。あの二人には人を惹きつける何かがありますよね」
粗暴ではあるけど面倒見の良い東先輩、寡黙だがチームに勢いを付ける哲さん。
どちらも尊敬できる先輩だ。
俺もそんな選手になりたいと思う。
「フフ、でも私は南雲君にもそういう雰囲気があると思うな」
「俺っすか?」
「うん。だって南雲君がマウンドに上がったら不思議と負ける気がしなくなるの。周りの空気が一気に変わるっていうか、安心して応援できるのよ。それってとても凄いことじゃない?」
ほへー。
藤原先輩にそう言われると素直に嬉しい。
嬉しいから先輩にもこのチョコレートをあげちゃう。
「……あら、美味しいチョコレートね」
「お、先輩にもこれの美味しさがわかります? お気に入りのお菓子のひとつなんすよ、これ」
これは俺の地元の洋菓子店で作られているチョコレートで、今でも実家から定期的に送ってもらっているくらい好きだ。
食べれば練習の疲れとか吹っ飛ぶ……気がする。
それだけこのチョコレートは美味しいと思う。
そうして気付けば、いつのまにか藤原先輩とお菓子を食べながらお喋りしている状況になっていた。
とと、そろそろ練習の時間だな。
早く行かないと御幸が拗ねる。
「そうだ、藤原先輩。良かったら少しだけ俺のトレーニングに付き合ってもらえません?」
「トレーニング?」
そう言って聞き返しながら首を傾ける先輩はとても可愛らしい。
さすが、男ばかりの部活で数少ない癒し的存在だ。
「トレーニングって言ってもそんなに大したものじゃなくて、自分の投球フォームを確認したいので、俺のスマホで投げている所を撮影して欲しいんですよね。あ、もちろん忙しかったら全然大丈夫なんですけど」
自分の投球フォームを確認したくて、ちょうど撮影してくれる人を探していたんだ。
この後御幸と練習する予定で、撮影は適当に誰かに願いしようとしていたんだけど、藤原先輩がやってくれるなら最高である。
理由?
そんなの俺のやる気が上がるからに決まってるじゃん。
「構わないわよ。今はちょうど手が空いているから、それくらいの時間なら十分あるわ。選手のサポートをするのもマネージャーの仕事だしね」
「あざす! ならお願いします、藤原先輩」
それまで見ていた一軍選手のプロフィールが載っているファイルを閉じ、俺は藤原先輩と屋内練習場へと向かった。
俺のテンションが上がったのは言うまでもない。