藤原先輩と一緒に屋内練習場に行くと、そこには既に全身防具を着けた御幸が待っていて、俺を見つけるなり早くしろと急かしてきた。
時計を見れば時間よりもちょっとだけ遅れている。
藤原先輩との会話が楽しくて遅れてしまったみたいだ。
「悪い悪い、少し遅れた」
「おせぇぞ。俺はもう何分も前から待ってたんだ。それなのにお前は……って、藤原先輩?」
御幸が俺の横にいる藤原先輩に気付いた。
ま、そりゃ気付くよね。
だって彼女は青道高校一って言われるくらいの美人だし、男臭い野球部の中でかなりの存在感があるから。
高嶺の花として憧れている一年も結構いるらしい。
俺は憧れっていうよりも単純に目の保養として見ているけど。
「先輩には俺が練習に付き合ってくれるように頼んだんだ。ほら、前にクリス先輩が言ってただろ。スマホで投球フォームを撮影して、それで変化球と直球のフォームの違いを確認しろってさ。だから藤原先輩に撮影してくれって頼んだんだよ」
「なんでまた藤原先輩なんだ? 他にも頼めば協力してくれる人はいただろ?」
「まったく、御幸君は何を言っているのかね。そんなの藤原先輩が居てくれていた方が俺の調子が出るからに決まってるだろうが。見ての通り先輩は美人だ。そんな人が協力してくれるってだけで、俺はいつも以上のピッチングが出来る気がする。だから頼んだ」
藤原先輩が俺のピッチングを見てくれてるとかテンションが上がるじゃん?
ギャラリーが多いとやる気も上がるけど、それ以上に美人が練習中にいてくれると爆上がりだ。
男子高校生とはかくも単純な生き物である。
と、そんな俺に御幸は呆れているような、驚いているような表情を浮かべていた。
「……お前、スゲェな」
「なんでさ」
「いや、そんなことを本人の横でポンポン言うなんて、お前の心臓は鋼で出来ているんじゃないか? それともこの場で遠回しに告ってんのか?」
「あ」
横にいる藤原先輩と目が合った。
彼女は顔を赤らめて気まずそうに口を開く。
「……えと、ありがとう? でも出来ればあんまり美人とかって言わないで欲しいかな。その、恥ずかしいし」
わーお、恥じらうお顔が可愛らしい。
そしてお美しい。
青道野球部のオアシスがここにあった。
だからつい俺の少年心が刺激されてしまう。
「すいません、藤原先輩。俺の口が正直者過ぎてペラペラと余計なことまで喋ってしまいました。せっかく忙しい中来てくれたのに……くっ、これも先輩があまりにも魅力的過ぎるのが駄目なんだ! 俺は悪くない!」
「……南雲君、ちょっとふざけてるよね?」
「ははは、バレました?」
とまぁふざけるのはここまでにして、すっかり放置されている御幸がかわいそうになってきたし、そろそろ本当に練習を始めるとしよう。
やることは簡単だ。
俺はいつも通り御幸のミット目掛けて全力で投げるだけ。
そのピッチングをス藤原先輩が俺のスマホで撮影して、後からそれを確認するという流れである。
一応これの目的としては、直球を投げる時のフォームと変化球を投げる時のフォームを出来るだけ同じにして、微妙な癖の違いを無くす、という意味があるらしい。
クリス先輩は俺の癖とやらを見抜いているようだったが、それが何かまでは教えてくれなかった。
頼み込めば教えてくれるだろうけど、なんでもかんでも教えられるよりも自分で考えた方が成長しやすいと言われれば、俺もそれ以上は聞く気にはならなかったんだよな。
……どうしてもわからなかったら、その時はクリス先輩に頭を下げて教えてもらおう。
「――ナイスボール。藤原先輩がいてくれるお陰か、マジでいつもより球が走ってる気がする。その調子でどんどん投げてくれ」
「おう、任せとけ! 今なら160キロくらい余裕で出せそうだ。なんてったって、今の俺には藤原先輩が付いているからな!」
「もう……」
そんなアホな会話を挟みつつ10数球くらい色んな球種を投げると、一度撮影した動画を確認することになった。
藤原先輩がうっかり者で何も撮影されていない……なんてことはなく、ちゃんと綺麗に撮れていたよ。
「へぇー、俺の投球フォームって横から見るとこんな感じだったんだ。結構俺の理想通りのフォームかも」
頭の中で思い描いていた投球フォームと、この動画に映っている俺の投球フォーム。
そこにほとんど差はなかった。
まんまイメージ通りかと言えばそうでもないが、このくらいは誤差の範囲だろう。
それよりも今はクリス先輩が言っていた、変化球と直球を投げる時の癖とやらを見つける方が先である。
ただ、いくら見ても違いがあるようには見えなかった。
「御幸、お前はなにかわかったか? ちなみに俺はまったくわからん」
「んー、俺もわかんねー。腕の振りも腰の動きも気持ち悪いくらいに一緒だし、違いなんてないように見える。クリス先輩が言うんだから何かあるんだろうけど……」
俺と御幸が動画を見ながら唸っていると、真っ先に違いを見つけたのは藤原先輩だった。
「あ、もしかしてこれじゃない?」
「何かわかりました?」
「ほらここ。南雲君の顔が少し笑ってるのよ。他の映像でも、ストレートの時だけは同じように笑顔になってる」
「……言われてみれば、確かに」
へぇ、今まで全く気付かなかったけど、よく見てみると確かに口元が緩んでいる。
俺ってばストレートの時は笑っているらしい。
何その気持ち悪い癖。
でも思い返してみれば試合中でもフォーシームのサインが出たらちょっと嬉しかったりするし、フォーシームで三振を取るのが一番気持ち良いからそうなってしまっているのかもしれないな。
こりゃ試合の映像とか見てもわからない筈だ。
「それにしても、よくこんなの気が付きましたね? サインを出してる俺ですら気付いていなかったのに、俺たちとは見ているところが違ってたんですか?」
「え、ああ、うん。たまたま、ね」
「にしし。たまたま、ね」
御幸が茶化すように笑っているが、俺はそんなことよりもこの癖をどうやって治すべきかを考えていた。
うーん、あまり表情とかは意識してこなかったから、このままだと試合中とかにポロっと出てしまうだろう。
どうするか。