ダイジョーブじゃない手術を受けた俺44

 綺麗な茜色だった空もすっかり日が落ち、俺の地元とは違って星一つ見えない真っ暗な夜空が広がっている。
 いつもならもう練習が終わっている時間なのだが、合宿初日である今日は未だに終わる気配がまったく無く、大きな照明がグラウンドを明るく照らしていた。

 そして今、俺たちはむしろここからが本番だと言わんばかりに、かなりハードなダッシュメニューをこなしている最中である。

「はぁ、はぁ……くそっ、休む暇がねぇ」

 人数が少ないから自分の番が回ってくる時間がすごく早い。
 走り終えたと思えばそこからほとんど休む暇もなく、すぐに名前を呼ばれて次から次へと走らされるんだ。
 息を整える時間すら無い。

 クマさんが言っていた通り、これは流石にキツいな……。
 今までの練習だってここまで息を乱されることはなかったんだが、毎回の全力ダッシュでスタミナをガリガリ削られている。

 そして、息が切れているからと順番は待ってくれはしない。

「――南雲、GO!」

「くっ……おりゃっ!」

 無情にも俺の名前が呼ばれた。
 しんどいと思っても俺だけ休むことなんて出来ないので、歯を食いしばって再び足に力を入れ直す。
 もしもこの間までやっていたスタミナ強化練習がなかったら、途中でぶっ倒れていたんじゃないかと思うくらいにはハードなメニューである。

 つーか、先輩たちがあんまりおにぎりを食べてなかったのって、こうやって走り回されることをわかってたんだな。
 くっそぉ……少しくらい忠告してくれても良かったのに。
 もう少し食べてたら横腹が痛くなってダウンしていたかもしれないぞ。

 俺はなんとか大丈夫だけど、俺と同じくらいおにぎりを食っていた倉持はというと――。

「うぷっ……き、気持ち悪い……」

「おわっ!? お前、吐くなよ? 絶対に吐くな、振りじゃないからなっ? 今そんなもん見たら確実に俺も出てくるから!」

 後ろからは倉持の気分が悪そうな声と、御幸の慌てた声が聞こえてくる。
 俺と同じくらい食っていた、というか伊佐敷先輩に食わされていた倉持は、やはりグロッキーな状態になっているようだ。
 御幸だって倉持ほどではないにしても同じようなものだった。

 無理もないか。
 あの二人よりも体力に自信があった俺ですら、こうして大量の汗を掻いて肩で息をしているんだからな。
 ……まぁ俺の胃袋は強いから、流石に吐きそうなくらい気持ち悪いなんて事はないけどね。

「よしっ、次はベーラン20本!」

 その声を聞いた瞬間、俺たち一年生組が思ったのは『まだやんのかよ……』だろう。
 倉持は言わずもがな体力に加えて腹の状態が最悪だし、御幸にしても元々体力がある方ではないのでかなりしんどそうだ。
 自分のスタミナでどこまでやれるか確かめたい、そんな生意気なことを言っていた俺も、同じように死にかけている。

 辛い。
 キツい。
 休みたい。
 心の弱い部分がもう諦めてしまえと、そう囁いてくる。
 実際、最初とほとんど変わらないペースで走り続けている人は数人しかいないと思う。
 だからここで俺が少し手を抜いたとしても、誰もが仕方ないと言ってくれるだろう。

 しかし、これを全力で乗り越えることが出来れば、俺の身体と精神はさらにもう一段階成長するはずだ。
 練習だから、本番じゃないから、そんなことは関係ない。
 自分が成長する為に、全てを糧とし、踏ん張ることが大事なんだ。

 で、あれば。
 俺がどうするかなんて決まっている。

「――俺は負けねぇ……!」

 そう呟くと、少し前に食ったおにぎりやバナナが自分のエネルギーに変わっていくような気がした。
 もちろん普通に考えれば気のせいだろう。
 でも確かに身体の底から活力が湧き出てきて、あれだけ重かった足が急に軽くなる。
 これなら、いける。

「南雲、GO!」

「らぁっ!」

 俺は今までよりも力強く地面を蹴ってスタートした。

 

 ◆◆◆

 

 南雲が肩で息をしていた状態から一転、今まで以上の走りを見せた。
 流石に全快時と比べれば優っているとは言えないが、かといって劣っているとも言えない。
 もうスタミナは限界だろうに、あれだけの走りが出来るのは彼の精神力がずば抜けいるからだろう。

 南雲の身体能力は既に高校生離れしているが、それ以上に化け物じみているのはその強靭な精神力である。
 ストイックという言葉では形容できないほど彼の向上心は凄まじい。
 現時点でも十分な能力があるにもかかわらず、自身の強化にまったく余念がないのだ。
 一体どこまで成長していくのか、それは誰にもわからない。

 すると、南雲が復活する様子を見ていたキャプテンの東が後輩に負けじと声を張り上げた。

「このタイミングで復活かい……。ホンマ、どえらい後輩やで。お前ら、南雲負けんなや! 気合入れろ!」

『応……!』

 その言葉によって二、三年生たちも奮起し、体力の限界を越えて力を発揮する。
 ただ、俺以外の一年生組である御幸と倉持は既に付いていくだけでやっとであり、上級生との地力がはっきりと見えてしまう結果となった。

「はぁ……はぁ……。うぷっ、気持ち悪い……でも、止まれねぇ」

「南雲に引き離されてたまるか……!」

 もちろん、彼らは彼らで上を目指して足掻いており、こんなところで折れるつもりなど微塵も無かったようだが。

 

   

スポンサーリンク

タイトルとURLをコピーしました