合宿最終日、俺たちは練習を終えて食事を取っていた。
あれだけキツかった合宿も今日で終わる、そう思うと、感慨深いもので達成感が沸々と込み上げてくるな。
「うぅ……身体中痛ぇし、走りすぎて消化する体力も残ってねェ。こんな状態で飯なんか食ったら絶対吐く……」
「奇遇だな御幸。俺もさっきから全然箸が進まねぇよ……」
若干二名、近くで別の物が込み上げてきそうになっているがそれは置いておく。
まぁともかく、毎日死にそうになるまでランニングもやったし、外野の守備練習も嫌になるくらいたくさんやった。
当然ピッチングだって一球一球丁寧に投げ込んで、今ではすっかりコントロールも元通りになっている。
思い返してみればかなり充実した合宿だったと言えるだろう。
ただ、この合宿での一番の問題は、普通に学校の授業があるってことだった。
ハードな朝練をやってから授業を受けて、学校が終わればまたハードな練習が始まるという地獄。
そりゃ寝ちゃうよね。
この一週間で俺が起きていた授業は高島先生の授業だけだったと思う。
まぁ、別に威張ることじゃないけどさ。
他に印象に残っていることと言えば……あ、この期間中は哲さんたち家通い組も寮で寝泊まりしていたから、寮全体の空気がどことなく明るくなった気がするかな。
やっぱり人が多いとそれだけで変わるもんだ。
普段はあまり話す機会が無い人とも結構話せたし、そういう意味でもこの一週間は有意義な期間だった。
「――でも、そんな日々ももう終わりか。……ちょっとだけ寂しい気もするな。後半はキツい練習にも慣れてきて、体力的にも精神的にも結構余裕あったし」
「俺はもう二度とやりたくない」
「同じく」
俺の呟きを御幸が拾い、そしてそれに倉持が同意した。
「なんだよお前ら。二人とも、ちゃんとこの合宿を乗り切ったじゃんか。ほら、一回り成長した感じがするだろ? 飯だってちゃんと食えるようになってたし、少しくらい惜しんでもいいんじゃないか?」
「いやいや、毎日ぶっ倒れるまで走らされたり、そのあとに大量の飯を食わないといけないんだぞ? これ以上は身体も心も持たない。割とガチで」
「……オレなんか今日、監督のノックで死にかけてたぜ。あれはマジで夢に出てきそうだ。ボロ雑巾になるまで扱けれ続けるとか、思い出すだけでおっかねぇ」
二人ともここ最近の地獄を思い出して顔を青くしている。
ちなみに、倉持が言っているノックというのはさっきまで受けてたやつだ。
監督一人で選手全員の相手をし、倉持よりも実力がある先輩達がボロボロになるまで続けられていた。
俺はピッチャーだから参加してないけど、正直あれの迫力は凄かったと思う。
次の合宿の時にもしも機会があれば、その時は外野の守備にでも加わってみるかなと考えていたりする。
俺の本業は当然ピッチャーだが、それでも全試合登板し続ける訳にもいかないし、ベンチで待機してるくらいならどこのポジションでも出てた方が良いからな。
「にしても、先輩たちを全員ノックアウトした監督はバケモンだ。打球も的確だったし、今でも十分現役として通用しそう」
「プロ入りを蹴ってまで指導者になった人だからな、監督は。当時の映像を見たけど、投手としてもバッターとしても凄かったよ。ま、それを言うなら南雲だって負けてねぇけど」
「おいおい、褒めても何も出ないぞ。というか、お前からそんなことを言われると、何か裏がありそうで怖い」
「失礼な奴だな。別に何もねーよ。ただちょっと、明日の試合でやる気を出して頑張って貰おうと思ってるだけだよ。先輩たちもみんな疲れてるし、かなり厳しい戦いになるだろうから」
「……やっぱり裏があんじゃねーか。ま、でも明日の試合は任せとけ。俺も絶好調とは言えないけど、それでも十分やれると思うぜ」
「それは頼もしい。いやマジで」
すると、そんな会話をしていた俺たちの所へ、トレーを抱えた強面な男がやってきた。
そいつは俺たちの前に今日のおかずである肉料理が入った皿を置き、口を開く。
「これは俺たちからの一軍昇格祝いや。毎日の練習に必死過ぎて、すっかり忘れ取った。これ食うて明日の試合も頑張ってくれや」
関西弁で話しかけてきたのは、俺と同じ一年の前園 健太。
部員達からはゾノと呼ばれて親しまれている丸坊主の強面である。
「え、マジで良いの? くれるって言うなら遠慮なく貰っちまうけど」
「かまへん。お前ら三人は俺ら一年の希望の星やからな。いずれ俺らも絶対そこまで行くつもりやから、それまで一軍から落ちへんように待っとけや」
「ははっ、サンキュー。それじゃあ有り難く貰っとくぜ。おいお前ら、ゾノが今日のおかずを分けてくれたぞ。二人も食え」
「……遠慮しとく。そんな食欲ねーし」
「ちょっとだけ食う。残りは、やる」
まったく、疲れている時こそ飯を食って体力を回復させるんだろうが。
肉を食え肉を。
そんなんじゃ明日の試合でへばって、碌に動けなくなっちまうぞ?
一人でたくさん食えるから良いけどさ。
うまうま。
「それで南雲、明日の対戦相手は知ってるか?」
「群馬の白龍高校ってとこだろ。甲子園常連の強豪だって、さっき高島先生に教えてもらったよ。それ以外は知らないけど」
「一応言っとくと、チーム全員の足がすこぶる速いチームだ。それこそ、下位打線でも他の強豪校で一番を張れるくらいな。塁に出すと厄介だぞ。合宿の疲れが残っている状態でどこまで出来るか、それが鍵になると思うぜ」
「了解」
合宿で鍛えた俺の実力をどこまで発揮できるか、そして本来の力をどこまで活かせるかが試合の勝敗を左右するだろう。
練習試合とはいえ相手は強豪校。
油断はできない。
うん、明日が楽しみだ。