白龍高校との練習試合はウチのグラウンドで行われる。
なんでも、向こうの高校が関東大会を制したウチの噂を聞き付けて、急遽今回の試合が決まったらしい。
大会で活躍すればこうやって他県の強豪校との練習試合が増えるようだ。
同じ地区の高校では夏前のこの時期に戦力を見せびらかすことなんて出来ないし、色んなチームと試合が出来るなんて、大会で結果を残すのは良いことしかないな。
ま、細かいことは何でも良いか。
大事なのは強豪校との試合で俺が先発するという事実だけだからね。
俺からすれば相手が誰だろうと関係なく完封して、チームを勝たせればそれで良い。
ただ、先発すると言っても最初の4回だけで、それが終わればそのままレフトの守備に送られるという話だ。
そして最後のイニングで再び俺を登板させてくれると、そう監督が言っていた。
夏の大会でもそういう起用が多くなるかもしれないから、こういう機会で数をこなして慣れておけ、だってさ。
「俺が外野に引っ込められるまでしっかりと楽しまないとな。にしし、足を使った野球をしてくる白龍高校……ウチとはタイプが違うから非常に楽しみ甲斐がある」
イメージとしては倉持が九人いる感じかね。
……想像したらどんなヤンキー集団だ、って感じだけど。
「どうやら合宿の疲れは大丈夫そうだな」
俺がストレッチをしながらそんなことを考えていると、後ろから声が聞こえてきた。
振り返れば試合用のスポーツサングラスを掛けた御幸が立っていて、俺を見下ろしている。
「ん、俺は全然問題ないぞ。むしろそっちの方が無理しているように見える。昨日の夜も死んでたし、御幸の方こそ大丈夫か?」
「ははは、体調はもうバッチリだよ。どうせ明日の試合では出番は無いだろうからな。それに、今日の試合に出てアピールしないと、一年の俺はレギュラーにはなれねぇんだ。休んでいる暇は無い」
相棒のやる気も十分。
俺も気合入れていくとしよう。
◆◆◆
青道高校対白龍高校の試合は、5-4の一点差の青道リードで最終回を迎える。
ここまでの試合内容としては、先発で登板した南雲は4イニングを無失点で投げ、白龍打線を完璧に抑え込む見事なピッチングを披露した。
すると南雲のプレーに刺激を受けた青道ナインは3回、遂に打線が爆発し、一挙に4点を獲得することに成功する。
しかし、5回にリリーフとして二年の丹波が登板するも、合宿の疲れもあって思うようなピッチングが出来ず、4イニング投げて4失点。
合宿の疲れがある中、甲子園常連校を相手によく4失点で抑えたとも言えるが、本人は南雲と比べるとこの結果に全く満足しておらず、悔しげにベンチへと下がっていった。
そしてこの最終回、レフトの守備に就いていた南雲が再びマウンドへと帰ってくる。
(くそッ、またアイツがマウンド戻ってくんのか? もうそのままレフトにいれば、このままの勢いで逆転できたかもしれないのに……!)
白龍の四番バッターは、マウンドで冷たい微笑みを浮かべている男を睨みつけた。
序盤こそ、チーム全員であの見下すような薄笑いをひきつり顔に変えてやろうと意気込んでいたのだが、彼が一球投げる毎にその気持ちも消沈していってしまったのだ。
なるほど、確かによく見てみれば動き一つ一つにキレが無いというか、精細を欠いているような気もする。
だがそれだけだ。
腕が痺れるような豪速球がバンバン自分たちからストライクを奪っていき、時折見せるツーシームやチェンジアップで三振や凡打に打ち取られる。
噂では他にも変化球を隠し持っているらしいが、今日の試合では使うつもりが無いのか今まで一球も投げていない。
にもかかわらず、この男がマウンドに上がっている間はまともにヒットを打てていなかった。
ここまでくれば相手が疲れていようがいまいが関係ない。
そして、自分たち相手には投げる必要もない、言外にそう言われているような気がして益々気に入らなかった。
「――くっ!」
ただ、気に入らないからといってヒットを打てるわけでもない。
遊び球を放ってくることもなく、たった二球投げただけでツーストライクに追い込まれてしまった。
落ち着け。
自分にそう言い聞かせながら、マウンドからこちらを見下ろしている男を睨み付けた。
「ウチのピッチャー、凄いでしょ? でも、本当のあいつはもっとエゲツない球を投げますよ。合宿の疲れさえ無ければ今日の比じゃない。ホント、南雲ほど味方にいて頼もしい奴はいないっすね」
すると、青道のキャッチャーがそう呟いてきた。
意識しているのかしていないのか、ひどく相手を苛立たせるような話し方。
そんな楽しそうな声色で話し掛けられると、挑発だと理解していても思わずバットを握りしめる手が強くなってしまう。
絶対に打ち返してこのバッテリーに吠え面かかせてやる、そう思いながら足を踏み込んでスイングする。
「なっ!?」
しかし、ボールが来ない。
バットを振り始めるも、ボールはまだまだ先にあった。
ここからもう一度スイングするなど確実に不可能。
もはや彼に出来ることは、遅れてやって来る白球を見送るだけだった。
無常にも審判にアウトを宣告され、悔しさで歯を食いしばりながらベンチへと戻っていく。
このラストイニング、甲子園常連校である白龍高校の強力打線は、一塁ベースを一度も踏みしめることなく三者連続三振という結果に終わったのだった。