「あ、あっちぃ……」
キツい日差しが容赦なく照り付ける中、遠くの方で誰かが喋っているのが聞こえてくる。
しかし、こんなぎゅうぎゅう詰めにされていると暑苦しさでまともに聞いている余裕は無かった。
いま俺の頭の中にあるのはアイスが食べたい、ただそれだけだ。
「おいシャキッとしろよ。お前はデカいんだから変なことしてると目立つぞ?」
落ち着きがない様子でふらふらしている俺を、後ろに並んでいる御幸が注意してきた。
「ちっちゃいのが羨ましく思えたのは初めてだ」
「はっはっは、そのまま縮んじまえ」
そんな軽口を言い合いながらこの蒸し暑さをごまかす。
だが、その程度では多少気を紛らわせるくらいしか効果が無かった。
気分を変える為に周囲を見渡してみても俺より身体が大きい奴なんてそれほど多くはおらず、御幸の言う通り変に目立ってしまいそうだったので途中で止めた。
いま俺たちはこのクソ暑い気温の中、『全国高等学校野球選手権大会』の開会式に参加していた。
だが前も後ろも右も左も、全方位を野郎に囲まれて俺の気分はダダ下がりである。
この蒸し暑さもそれに拍車を賭けており、既に帰りたいという気持ちが爆発していた。
ぶっちゃけ、開会式って別に全員が参加しなくても良いよね?
キャプテンだけでも良いじゃんか。
それか大人数が入れる冷房付きの会場でやれば誰もしんどくないから最高だね。
試合をする訳でもないのに、わざわざ神宮球場まで来て暑い思いするとか馬鹿らしいと俺は思う。
せめて投げさせろよ、俺に。
「そこんとこ御幸君はどう思うよ?」
「まったくもって同意ではある。でもほら、もう終わったみたいだぞ。端の方から選手たちが帰って行ってるぜ」
あ、ホントだ。
思ってたよりも早く終わるんだね。
俺はてっきり知らないおっちゃんの長ったらしい話を聞かされるもんだと思っていたけど、どうやらそういうのは無いらしい。
よかったよかった。
「いや、さっきしっかり喋ってたぞ。ちょうどお前がフラフラし始めてた辺りで」
「え、マジで?」
全然気付かなかった。
でも知らないうちに終わってたんなら、それはラッキーだったかな。
こんな炎天下の中で聞く話ほど有り難くないものはないし、どうせ呼ぶならおっさんよりもアナウンサーとかアイドルとかを連れて来て欲しいものだ。
そんなことを考えているとすぐに俺たちが退場する番になって、前にいる先輩に続く形ではけていく。
そうして球場の外に出るとこもったような暑さが少しはマシになった気がした。
さっきまで密集状態だったから余計に開放感があるのかも。
相変わらず太陽はギラギラと熱を振り撒いているが、四方八方囲まれていないというだけで気持ち涼しく感じられる。
「とりあえずは試合に勝って、この神宮に戻ってくるのが目標か。あぁ、ここのマウンドで投げるのが待ち遠しい」
あくまで通過点だが、近場の目標として考えれば悪くない。
モチベーションを高く保つのは重要だからね。
「確か準決勝からこの球場を使える筈だ。だから3試合勝てばここに戻って来れるぜ。幸いというか、トーナメント表を見た限り準決勝まで強豪には当たらないからほぼ万全の状態で試合に臨める。……まぁ、準決で当たるその強豪ってのが厄介なんだけど」
「え? それって――」
「おい一也!」
御幸の名前を呼ぶ声が後ろから聞こえてくきた。
振り返るとユニフォームを着た中坊くらいの少年が生意気そうにこっちを……というか御幸の方を見ている。
「知り合いか?」
「あぁ、そんなとこだ。――久しぶりだな、鳴。相変わらず元気そうで何よりだよ」
御幸は少年に対して親しげに挨拶した。
少年、というかユニフォームを着てるってことは俺と同じで高校生だよな。
態度が少し子供っぽかったから歳下かと思った。
顔もかなり童顔だし。
「む、お前いま変なことを考えたな!?」
「いや、別に何も考えてないぞ」
俺の表情が気に食わなかったようでズカズカと歩み寄ってくるが、俺と比べてだいぶ身長が低く、おまけに迫力に乏しい顔付きである為に威圧感は皆無であった。
そしてその身長差によって自然と俺が見下ろす形になってしまうのが悪かったのか、火に油を注いでしまったが如く顔を赤くして地団駄を踏んでいる。
「むきー! 少しオレより身長が大きいからって見下しちゃってさ! 試合になれば泣くのはそっちだからなっ!」
「身長差がこれだけあるんだから、見下ろしてしまうのも当然だと思うけど?」
「そういうことを言ってるんじゃないよ! それに、デカけりゃ良いってもんじゃないし、 身体の大きさなんて野球には関係ないのさ!」
いまいち会話が噛み合っていないが、見ていて飽きない奴なのは間違いないな。
「はははっ、お前って面白い奴だな。でもまぁ、負けないよ。だって俺たちスッゲェ強いもん」
そして、身体の大きさはしっかり野球に関係していると思うぞ。
身体の大小はパワーに直結するし、何より実際にプレーする上で大きいから不利ってことは無いはずだ。
少なくとも俺はこの身体で不便に思ったことはない。
なので胸を張ってもう一度上から下に見下ろしてやった。
「ぐぬぬ……その傍若無人な態度。さてはお前が南雲 太陽だな? オレの名前は成宮 鳴だ! 稲白実業の成宮 鳴! 覚えとけよ南雲 太陽!」
成宮はそんな捨て台詞を吐いてどこかへ走って行った。
……あいつは一体何をしに来たんだろうか。
嵐のようにやって来て嵐のように去っていく、それが俺が抱いた成宮 鳴の第一印象だった。
「あの成宮って奴、強いのか?」
「強いぜ、あいつは。言動はともかく実力だけで言えば、いずれ全国に名を馳せるだけのものを持ってる。鳴が入った稲白実業も甲子園の常連校だしな。間違いなく強敵だよ。そして――順当にいけば準決勝で当たる相手でもある」
ふーん、なら対戦するのが楽しみだな。
成宮 鳴。
俺たちと当たるまで負けるんじゃないぜ?