俺たち青道高校の初戦の相手は『鶴ヶ峰西高校』。
クリス先輩曰く、毎年一回戦か良くて二回戦で負けていくレベルの学校らしい。
普通にいけば勝つのは間違いなくウチだろう。
いや、普通にいかなくとも99パーセント勝つのは青道だ。
何故ならこの試合でマウンドに上がるのは俺だからね。
いくら相手が強豪ではないとはいえ、初戦で快勝してチームに勢いを付ける為にエースナンバーを背負った俺が投げる事になったんだ。
5回コールドで終わらせてこいとは監督の言葉である。
トーナメント戦に於いて重要なのは、投手をどれだけ万全に近い状態のまま勝ち上がっていくかであり、コールドで勝利するのにはかなり意味がある。
試合が早く終わればそれだけ投手の消耗を減らせるし、チームにも勢いが付くからな。
そして何より、青道高校の強みは破壊力のある打撃。
相手がそこまで強くない相手であれば、5イニングで二桁得点くらいはそう難しいことではないだろう。
十分にコールドを狙える試合だ。
もちろん俺だって相手に点を奪われるつもりは無いしね。
「調子はどうだ?」
マウンド上でボケっとしていた俺に御幸が声をかけてきた。
「んー、まぁそこそこかな。監督とクリス先輩から6、7割の力で投げろって言われてるし、正直やる気は微妙だ」
「おいおい、大丈夫だよな? 流石にこの初戦で大炎上ってのは洒落にならないぜ?」
「投げてればちゃんとエンジン掛かってくるから心配いらん。今日はそこまで気温も高くないし、汗で滑って失投とかも無いだろうよ」
さっきブルペンで投げた感じではコンディションはそこまで悪くない。
悪くはないんだけど……全力で投げたいという気持ちがあるのもまた事実。
ま、温存して投球することに関しては理解も納得もしているから、このモヤモヤ感は俺が次に投げる時まで取っておくことにしよう。
どうせ今日の相手にはシビれるような打者はいないだろうし。
ちなみにこれは相手を侮っている訳じゃなく、全力でなくとも抑えられるという事実であり自信だ。
賛否ありそうな考え方なのはその通り。
実際、そういう戦い方をすると結構批判されたりもする。
俺はあんまり気にしないからどうでも良いけど。
「見たところ、エースの重圧ってのを感じているわけじゃないみたいだな」
「お前には俺がそんな繊細な奴に見えてるのか?」
「はははっ、いや全然。相変わらず野球を楽しんでいるようにしか見えねぇよ。……今日は全力を出せなくて拗ねてるけど」
やかましい。
でも、ちゃんと言われた通り仕事はするよ。
それがエースとしての責任でもあるしね。
エース……うむ、やはり良い響きだ。
「さっさとマスク被ってミットを構えろよ。完封できるかはお前のリードにかかってんだからな?」
「へいへい」
そう言って御幸はホームベースの後ろに戻って行った。
さぁ、そろそろプレイボールといこうか。
さっきまで聞こえてたウチのブラスバンド部の演奏が止んで、代わりに拍手やら声援やらが俺の耳にしっかり届いている。
チア部の応援もここからはよく見えるな。
やっぱり俺はこうやって大勢の人に注目されている方が気合いが入って良い。
「楽しいな」
練習試合には無い緊張感を全身で感じる。
こればっかりは相手がどんな高校でも変わらない。
心地いい重圧感が俺の実力を引き上げてくれるような気がするから、このマウンドは誰にも譲りたくなくなってしまう。
俺のフォーシームの最速は現状で152キロ。
高校野球界の中では既に上位十位以内にはランクインしていると思われる。
確か今年の最速投手は159キロだったかな?
よく覚えてないけど、いずれ俺が抜く予定だからあまり関係ない。
世界一のピッチャーを目指してる奴が、たかが高校生の記録くらい塗り替えれないなんて有り得ないんだ。
その程度余裕でやってみせるさ。
湧き上がってくる感情を抑えながら顔に笑みを貼り付け、ゆっくり投球モーションに入る。
今日は精々140キロ前後の球速しか出ないだろうし、変化球だってポンポン投げる予定はない。
だが、点をくれてやるつもりも全く無い。
自分で言うのもなんだけど、この試合で相手チームは勝つことはおろか点を取ることさえ不可能だろう。
だって――。
「俺と御幸がバッテリーを組んでるから当然だよ、な!」
インコースギリギリいっぱいにミットを構えている場所へと、ドンピシャに突き刺さる俺のフォーシーム。
球速はきっと140キロくらい。
飛び抜けて速いようなボールではなかった。
だが、それで十分だ。
相手バッターの驚きと恐怖に引き攣った顔を見れば一目瞭然である。
とりあえず、相手チーム全員の心を折るところから始めようか。
そうすれば味方も点を取りやすいだろう。
◆◆◆
================
青道高校の先発として登板した一年生エース南雲 太陽は、一年生離れしたピッチングで相手打線を見事完封してみせた。
試合は5回コールドで青道高校の勝利に終わっており、南雲は被安打2、奪三振7という成績でチームの勝利に貢献している。
そして青道打線も彼の好投に応えるように序盤に5点、3回に4点、残りのイニングで6点をあげた。
初戦をこれ以上ない形でスタートダッシュに成功した青道高校は、悲願の甲子園出場となるのか。
ここ数年、甲子園から遠ざかっていた青道高校に突如現れた大型新人、南雲 太陽の活躍に今後も期待したい。
月刊『野球王国』 一部抜粋
================