昨日の鶴ヶ峰西高校との試合をコールドで勝利した俺たちだったが、だからといって浮かれる選手は誰一人としていなかった。
まぁ、そりゃそうだよな。
まだまだ小さな一歩を踏み出したばかりだし、相手には悪いけど勝って当然の相手だったから、もしも浮かれている人がいれば心配になる。
一年の俺がわざわざ言うまでもないことだが、むしろこれまで以上に気を引き締める必要があるだろう。
そう自分の気持ちを奮い立たせて顔を上げると……。
「南雲ぉー、またお前を見に上級生のお姉さん方が来てんぞ? いいご身分になったもんだよなぁ?」
何故か額に青筋を浮かべた倉持にガンつけられていた。
さっきからイラついていたのは知っていたが、一体これの何が気に入らないのか。
「今日だけでもう十人以上になるな。いやはや、人気者は大変だ」
そう言いながら俺は廊下からこっちを覗いている人たちに向かって笑顔で手を振った。
ファンサービスは大事だからね。
こういう日頃の何気ない行いによって、試合中の応援の熱が全然変わってくるんだ。
だから是非とも彼女たちには球場でもしっかり応援して欲しい。
もちろん俺だけじゃなく、チーム全員を。
「きゃっ、噂以上にかっこいいわ! 絶対この学校で一番の有望株よ。仲良くなるなら今のうちね」
「決めた。わたし、これからあの子を個人的に応援する!」
「年下とは思えないくらいかっこいい……! あぁ、彼が野球してる時の表情で罵られたい……!」
中々の好感触だったみたいだ。
きっとこれで彼女たちはより一層応援してくれるようになるだろう。
ただ、最後の人は自分の性癖をカミングアウトしちゃっているけど大丈夫なのか。
「……南雲くぅん? 君はあれかい、自分が女子にモテると自慢しているのかい?」
しかし、俺のそんな高尚な考えを倉持は理解出来なかったようで、噴火一歩手前みたいに顔が赤くなっていた。
「何をそんなに怒ってんだよ。お前だって試合に出て活躍すれば、色んな人に応援してもらえるようになるって。てか、俺を見に来てる人と同じくらい御幸のことを見に来てる人も多いと思うぞ?」
御幸は性格はともかく、顔面だけはかなりのイケメンだからな。
藤原先輩から聞いた話でも女生徒の間でかなりの人気が出てきていると聞いた。
それを考えれば、倉持の怒りは俺じゃなく御幸に向けられるべきだろう。
うん、間違いないね。
「おいおい、それは流石に間違いしかねーぞ。どう考えても俺よりも南雲の方が人気が――」
「いや御幸、テメェも同罪だ。お前にも男たちを代表して天誅を下す!」
「またかよ!? 少し前にもこんな展開があった気がするぞ!?」
倉持は標的を俺から御幸に変えて飛び掛かっていった。
まったく、倉持だってベンチ入り選手には選ばれているんだから、大人しくさえしていればそこそこモテるだろうに。
この騒がしい性格の所為で色々と台無しになっている。
さて、あんな連中は放っておいて、俺は最近はまっている『スポーツ科学の極意書』でも読み進めておくか。
この本は俺がたまたま立ち寄った古本屋に安売りされていた本で、スポーツ全般に関する為になる話が詳しく書かれているんだ。
辞書みたいに分厚いから、勉強が苦手な奴なら見ただけでも目眩がしてしまうような代物である。
ただ、これが中々面白い。
書いてある内容はどれも理にかなっているものばかりだし、スポーツマンである俺が見ても参考になるような事がかなり多いんだ。
最近、学校ではこれを読んでいる時間を潰している。
ひとつ気になることが、筆者の紹介ページの部分だけは損傷が激しくてほとんど読めなかったことだ。
辛うじて筆者がドイツ人だということはわかったけど、それ以外はさっぱりだった。
ネットで調べてみてもそれらしい人物はわからなかったし、本当に謎が深まるばかりである。
きっと凄く優秀な人なんだろうから、出来れば一度くらいは会ってみたいものだ。
「お前らにはモテない俺の気持ちはわからないだろうな! あのこれ、南雲君に渡してください、そう言われる俺がどんな気持ちだったか、お前にわかるのか!?」
「そんな知らねぇし、そもそも俺はまったく関係ないじゃないか! 南雲に言えよ!?」
ふむ……倉持よ、それはすまんかったな。
正直そのことに関してはかなり同情する。
いや、割とマジで。
「俺は何回手紙やら贈り物を受け取れば良いんだ!? いい加減面倒なんだよ!」
倉持の心からの叫びが教室内に木霊した。
今日から少しだけ倉持には優しくしてやろうと思う。
たぶんすぐに忘れちゃうだろうけど。
◆◆◆
「……オヤ、げどー君。此処ニ置イテアッタ本ハドコデスカ? アレハ人間ニハ少シ危険ナノデ、ワタシガ回収シテオイタノデスガ」
「ギョギョ? ギョギョギョ!」
「オー、間違ッテ売ッテシマッタノデスカ? マァイイデース。次カラハ気ヲ付ケテクダサーイ」
「ギョギョギョ?」
「ダイジョーブ、デスヨ。アレニ書イテアル内容ヲ見テモ、普通ハタワ言ダト思ウデショウ。モシモ誰カガ実践スレバ……ソノ時ハ残念ダト言ウシカアリマセーン」
その時ふと、博士の脳裏にひとりの少年の姿が思い出され、もしかすると彼ならばあの本を使いこなせるかもしれないと考える。
今まで自分が診た中でも最高峰の実験体……もとい、最高峰の素体。
人間離れした可能性を秘めたあの少年であれば、自分が人間には危険と判断した内容にも耐えられるかもしれない。
そうなればきっと、彼はスポーツの歴史を変えてしまうような成長を遂げる可能性があった。
が、博士はすぐにそれらを頭から振り払う。
「ソレヨリモげどー君、早ク実験ヲ再開シマショウ。無クナッタ本ナンテ、モウドウデモイイデース」
「ギョギョギョ!」
ダイジョーブではない博士は今日も平常運転であった。