ダイジョーブじゃない手術を受けた俺53

 放課後、今日も練習はしっかりとこなす。
 この暑さで何人かしんどそうな顔をしているが、俺は教師からの評価と引き換えにちゃんとぐっすり眠っていたから体調は万全だ。
 モワッとした気温にもへこたれることなく元気にプレーできる。

「しゃおらぁあ! 見たか南雲、ホームへまっすぐブッ飛んでいく俺のレーザービームを!」

「流石っすね、伊佐敷先輩。でも俺だって負けないっすよ。レーザービームなら投手の俺も投げられますからね!」

 もっとも、元気なのは俺だけじゃないみたいだけど。
 明日に試合を控えているのでいつもよりは軽めのメニューをこなしているんだが、昨日登板した俺はブルペンではなくセンターの守備についていた。
 というのも、明日の試合では俺はピッチャーとしてではなく、出番があるとすればセンターのポジションを守ることになりそうなのだ。

 このセンターは外野で唯一の二年生である伊佐敷先輩のポジションなんだけど、今のところ俺の外野でのポジション争いは伊佐敷先輩としている状態だ。
 クマさんは勿論、ライトの広瀬先輩も一番バッターを任されているだけあって能力の高い選手だから、あくまでサブポジションの俺では太刀打ちできそうにない。

 別に伊佐敷先輩には勝っているとか言いたいわけじゃないし、言うつもりもないけど、それだけクマさんと広瀬先輩に隙が無いんだ。
 だからこうして俺は伊佐敷先輩にライバル視されている。
 シニアでは色んなポジションをやってたから、サブポジションにしてはそこそこ張り合えているのが幸いだったかも。
 その経験が無かったら普通に負けていただろうね。

 そうやって張り切ってノックを受けていると、この暑さで身体中が汗でべっちょりしてきた。
 冬でも汗はかくけど、やっぱり夏だとその比じゃない量の水分が外に出ていくな。

「――よし、今から十分間の休憩だ。水分をしっかり摂って、熱中症にならないように注意しろよ」

 そろそろ休憩が欲しいと思っていたら、ノックを打ってくれていた三年生がちょうど良いタイミングで切り上げてくれた。
 マジでナイスな判断で非常にありがたい。
 さっきから汗でボールが滑りそうで、一度汗をちゃんと拭いておきたかったんだ。

 そして、先輩の言葉によって各々が休憩に入っていき、俺も自分のタオルで汗を拭っていると横から声を掛けられた。

「お疲れ様、南雲君。はいこれ、南雲君の分のスポーツドリンク」

「あ、藤原先輩。ありがとうございます」

 先輩から渡されたドリンクをゴクゴクと飲み、少しばかり身体をリラックスさせる。
 こういう練習の合間にある休憩は大事だ。
 夏場だからこまめに水分補給をしないと冗談抜きで身体を壊すし、適度に休憩しないと疲労が溜まって怪我に繋がってしまうから。

「ふぅー、明日も試合なのにみんな気合い入ってますよね。佐藤先輩なんて、ブルペンで気合い入れすぎて監督に怒られてましたし」

「あぁ、あれってやっぱり佐藤先輩だったんだ。向こうまで聞こえてきたよ。『明日先発で投げる予定の奴が一体何を考えているんだ!』って」

「たまたま近くにいた俺は耳がキーンってなりましたよ。監督の声って結構頭に響いてくるから」

 別のグラウンドから監督の怒鳴り声が聞こえてきた時は流石にビビった。
 単純な声量も大きいのだろうけど、それ以上にあの人の声ってよく通るんだよね。
 聞くだけで自然と背筋が伸びてしまうような不思議な力がある。

「フフフ、でもその割には南雲君って物怖じしないというか、結構平気で監督にも意見するじゃない。一年生の内からあそこまで監督に言えるなんて、きっと南雲君くらいだと思うよ?」

「あー、片岡監督は理不尽に怒ったりしないですから。そりゃあの顔で睨まれたら怖いですけど、監督は俺たち高校生相手にもちゃんと正面からぶつかってくれる人です。だからついつい生意気なことを言っちゃうんだと思います」

 そんな人だからきっと、部員たちからあれほど慕われているんだろうな。
 俺もその一人だし。

「おい南雲、そろそろノックを再開すんぞ! 次はぜってぇ俺の方が多く捕るから覚悟しとけ!」

 おっと、もう休憩が終わったのか。
 藤原先輩と喋っていたらあっという間だったけど、良い気分転換になったな。

「うっす、俺も負けないっすよ! あ、藤原先輩、スポーツドリンクありがとうございました。美味しかったです」

「うん、残りの練習も頑張ってね」

「はい、もちろん!」

 空になったコップを藤原先輩に渡し、急いで伊佐敷先輩が待っているセンターのポジションまで走っていく。

 あ、それはそうと俺が最近読んでいる『スポーツ科学の極意書』に書かれている内容を本格的に実践するのは、この大会が終わった後になりそうだ。
 投手は指先の感覚が少し変わるだけでも今まで通りの球が投げられなくなってしまう事があるから、いくら成長出来るとしてもこの大事な時期には手を出せない。

 だから今は、練習では調整する程度に抑えておく必要があるのだ。

 試してみたいことが多かっただけに残念だけど、こればかりは仕方ないと思っている。
 明日と明後日にある試合で俺が登板するかは不明だが、いつでもいけるように準備だけはしておかないといけないからね。
 少なくとも明日の登板はほぼ無いと思っているけど、それでも投げられる状態にしておく必要がある。
 俺の次の出番はおそらく、明後日か準決勝でぶつかる予定の稲白実業戦かな。

「南雲っ、俺はぜってェにここのポジションは渡さないから覚悟しやがれ!」

「あはは、別に奪うつもりはないっすけど、勝負なら負けないですよ?」

 センターを守る俺と伊佐敷先輩はそうしてお互いを意識しつつ、練習に打ち込んでいった。

 

 

 

「コラァーー! そこの馬鹿二人、今日は軽めの調整だって言っただろうが!」

 あ、いけね。
 すっかり忘れてた。
 気付けばノック練習でヒートアップしていた俺達は仲良く怒られたとさ。
 ちゃんちゃん。

 

   

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