俺たち青道高校は二回戦を11-2、三回戦を5-3と順調に勝ち進み、無事に準決勝へと駒を進めることが出来た。
ここまで俺が投げたのは一回戦と三回戦目の終盤2イニングだけなので、身体の疲労とかはまったくの皆無である。
むしろ全然投げ足りなくて元気が有り余っているくらいだ。
ただ、その代わりここまで好投を続けていた佐藤先輩は結構消耗してしまっていて、今日の試合に出るのはちょっと無理そう。
他にも三年生ピッチャーである諸見里先輩や二年の丹波さん、この二人もここまで頑張ってくれたから疲れが溜まってきている。
つまり、今日の稲実戦では俺ひとりで投げ抜くくらいの覚悟が必要というわけだ。
控え目に言って最高に燃える展開である。
エースに相応しいピッチングとやらを見せつけてやるぜ、と昨日の夜からテンションが上がりっぱなしだった。
「……悪いな南雲。お前がどんだけヘマしても、今日は助けてやれそうにないわ」
しかし、移動のバスから降りて球場入りしようとしていたところで佐藤先輩からそう謝られてしまった。
思い返せば先輩からはこうして謝られてばかりかもしれないな。
「はははっ、そんな心配いらないっす。今日はピシッと抑えますんで、佐藤先輩には決勝とその先の試合で頑張ってもらいますよ。流石に俺だけで何とかなるほど、高校野球は甘くないでしょうからね」
「フッ、相変わらずデカい口を叩きやがるな、お前は。まぁ実際俺も、南雲が打たれるイメージなんて全然つかないんだが。頼んだぜ、エース」
「うっす!」
むふふ、ご期待にはしっかり応えないとね。
しかも今日の準決勝から念願の神宮球場のマウンドに立てるんだから、他の人にあの最高の場所を譲ってあげるつもりはない。
俺以外の投手陣には悪いけど、少なくとも今日は応援に専念してもらおうか。
「よう、南雲 太陽。そっちもちゃんと勝ち上がってきたみたいだな?」
稲実の試合映像を見たけど、どの選手も油断が出来ない粒ぞろいだった。
マジで一球ヘマするだけでも試合が決まりかねない危険があるから注意しておかないと。
今日の気温だと汗でボールが滑ることもあるだろうし。
「お、おい。無視すんじゃねぇよ!」
そして何より、開会式で会った成宮 鳴は思っていたよりもかなり良いピッチャーだった。
今はエースというわけではないようだけど、下手をすればエース番号を背負っている人よりも厄介な相手となるかもしれない。
「くっそぉー! こっちを見ろよ!」
と、不意に視界に白い髪の毛がぴょんぴょんと跳ねる光景がチラついてきた。
何事かと目線を下に下げると、ちょうど特に気を付けなければならない相手として意識していた成宮の姿がある。
なぜか俺のことを睨みつけているんだが……何もした覚えがないんだけどどうしてだ?
「あぁ、すまん。小さくて見えなかった。開会式ぶりだな、成宮。今からはしゃぎ過ぎてると試合の途中でバテるぞ?」
「なっ!?」
「ぷふっ、小さいってお前」
ちょうど近くにいた御幸が吹き出して笑った。
おっと、それほど親交がない相手に小さいは失礼だったな。
悪い悪い、これは俺が無神経だった。
だから御幸はそれ以上笑うんじゃない。
成宮に失礼だろうが。
「なっ、笑うなよ一也! ぐぬぬ、やっぱりお前は嫌な奴だな! 今日の試合はオレがコテンパンにしてやるから覚悟しておけよ!?」
そう言い残し、いつの間にやら近くに立っていた成宮は走り去ってしまった。
「あ、おいどこ行くんだ……て、もう行っちゃった。本当に騒がしい奴だよな、成宮って。あいつって絶対に小学校の成績表とかで『もう少し落ち着きを身に付けましょう』って書かれるタイプだ」
小学校の時の俺がそうだったから分かる。
「でもさっきのはナイスだったぜ。あれで鳴は冷静さを失った筈だ。もしもあいつが出てきたら、三振を取りに来たところを狙い打ちしてへこましてやろう。それで調子を崩してくれれば儲けもんだ。今日の試合で鳴が投げるとなるとかなり厄介だったからちょうど良い」
「ん? 別に変なことをした覚えは無いんだけど……まぁいいや。へこましてやるのには賛成だし。どんどん打っていこう」
「……お前ら容赦ねぇのな。敵ながら同情しちまうぜ」
話を聞いていた倉持は若干引いていた。
「勝負なんだから徹底的にやらないと相手に失礼だろ? 戦は戦いが始まる前から既に始まっているって、昔の偉い人も言ってたじゃんか」
俺がそう言ってやると、御幸もそれに同意して大きく頷く。
「そうだぞ。向こうだってわざわざ俺たちのところに来たのは挑発する為だろうし、こっちがそれをやっちゃいけないって事はない。まぁ、南雲にはそんな意図は無かったらしいけどな」
うんうん、こういう時は御幸と話が合うんだよな。
二対一となって分が悪くなった倉持は『そういうもんか……?』と自分を納得していた。
「……今年の一年は恐ろしい。いろんな意味で。本当にお前らがウチに来てくれて良かったよ」
佐藤先輩のそんな呟きは人混みの喧騒の中に消えていったのだった。
◆◆◆
「おぉー! 見てみろよ御幸、今日はめちゃくちゃギャラリーが多いぞ!」
念願の神宮球場の控えベンチに入ってチラッと場内を見てみると、まずはその観客の多さに圧倒された。
元々観客席は多いはずだけど、そのほとんどの席が埋まっている様子は圧巻だ。
関東大会の時よりも人が多い気がする。
「今日は優勝候補同士の試合だからな。それに、関東大会でお前はかなり評判になっているになっているらしい。超高校級のピッチャーが青道に現れた、ってな。たぶん他県からの偵察も結構いると思うぜ」
ほうほう、それは嬉しい。
頑張った甲斐があるというものだ。
これで稲実を完膚なきまでに叩き潰せば、今日この試合を観に来た人全員に俺の名前が刻まれる事になるだろう。
考えただけでゾクゾクするな。
あぁ……こうもテンションが上がってくると、俺の悪い癖がムクムクと湧き上がってきてしまうじゃないか。
「なぁ、御幸」
「なんだ?」
「俺はこの試合、相手にヒットを一本足りとも打たせる気はない。そのつもりでリードしてくれないか?」