青道高校の初回の攻撃は、三番のクマさんがライト前へのヒットを放って出塁するも、ランナーが出たからといって稲白のピッチャーは特に動揺することなく、四番の東先輩を冷静な投球で打ち取ってチェンジとなった。
スコアボードには『0』の数字が刻まれている。
まだまだ焦る時間じゃないとはいえ、しっかりとこっちもやり返さないとね。
勢い付かれると面倒だし。
「とりあえず、基本的な配球はさっき喋った通りだ。序盤はフォーシームとツーシーム、それからスライダーを八割くらいの力で投球を組み立てていくぞ」
御幸が確認するようにそう言ってきた。
「それで相手を抑えられるんだろ?」
「ああ、そうだ。二巡目からはともかく、一巡目でお前の球を正確に捉えられるような打者はいない。これは最後まで投げ抜けるだけの力配分で、且つヒットを打たれないレベルを維持していく為の配球だよ。エース様の希望通りの、な」
マウンドの頂きに立っている俺は笑みを浮かべた。
「うむ、余は満足であるぞ」
「うっせ。でも一本でもヒットを打たれたら俺の方針に従ってもらうぞ。その代わり、それまでは俺も全力でサポートしてやるから。いいな?」
「ああ、わかった。その時は敬遠でもなんでも言う通りにするよ」
俺も御幸の協力なしでヒットを一本も打たれずに試合を終えるなんて出来るとは思っていない。
この提案だって、もしも嫌だとか無理だとか言われれば大人しく諦めていた。
だから仮にヒットを打たれるような事になれば、その後はちゃんと御幸の指示に従うつもりだ。
もちろん打たせるつもりは無いけどね。
「ならいい。それじゃあ稲白のヤツらに見せつけてやろうぜ。最強バッテリーの力をな」
「おう!」
うっし、今日も楽しんでいこう。
相手は全国常連の強豪である『稲白実業高校』だ。
不足が無いどころか最高にやり甲斐のある相手。
そんな奴らとこの球場で戦える俺は恵まれていると、改めて感じる。
『稲白実業の先頭打者がバッターボックスに入り、相手ピッチャーに向かって鋭い眼光を飛ばしています! 一年生エース南雲、注目の一球。プレッシャーに打ち勝ち普段通りのピッチングが出来るのか?』
御幸が出した初球のサインは――内角いっぱいのフォーシームだった。
ストライクゾーンギリギリに要求されたそのコースは、打者からするとまるで自分にぶつかってくるように感じてしまい、どんな選手が相手でも少なからず恐怖心を植え付ける。
そして、その僅かな恐怖心は間違いなくバッターにとってマイナスに働くもの。
一瞬の判断力が求められるバッティングにおいて、植え付けられた恐怖心というものは邪魔でしかない。
球の速さ以上に打ち難くなるはずだ。
とはいえ、打者に当たるかもしれないコースに投げるのは、当然だがピッチャー側も怖い。
下手をすれば自分が投げた球で相手を傷つけてしまうのだからな。
よほど図太い精神をしていないと、内角ギリギリにズバズバ投げる事なんて出来ないだろう。
残念ながら今の俺も、そこまでの領域には達していない。
でも――それならぶつけなければ良いだけだろ?
俺は御幸のサインに頷き、大きく腕を振りかぶって白球を指先から放った。
唸りを上げて突き進む直球は吸い込まれるようにミットの中へと飛び込んでいく。
ズドンッッッッッ!!!
もはや衝突音。
球場内の全ての雑音を打ち消し、俺という存在を刻み込むような爆音が響き渡った。
決して全力ではなかったが、それでも満足のいく球が投げられたかな。
ふと思う……この感覚が今日はあとどのくらい体感できるのだろうかと。
相手バッターを力で捩じ伏せたり、技術で翻弄したり、気迫で圧倒したり――あぁ、考えるだけでも最高に良い気分だ。
気を付けないと、力配分なんて忘れて暴走してしまいそうになる。
御幸には何としても俺を上手く制御して欲しいものだ。
自分でさえ出来るかわからない事を他人に求めるのは酷だろうけど、なんだかんだで御幸なら上手く使ってくれるんじゃないかと思っている。
「す、ストライークッ!」
そして、稲実のバッターは大きく身体を仰け反らしたものの、ボール自体はしっかりストライクゾーンに入っていたので、球審が慌ててそう言い放った。
思い出したように歓声が巻き起こり、球場の空気がガラリと変わった気がする。
うん、掴みはバッチリだ。
インパクトのある初球を叩き込めたと思う。
これで少しくらいは青道に追い風を吹かせられただろう。
その後もズドン、ズドンと異様な捕球音を響かせていると、気付けばもう9球もミットへ投げていたようだ。
楽しすぎて夢中になっていたからあっという間だった。
『き、決まったぁー! 三者連続三振! 青道のエース南雲、初回からガンガン飛ばしていくようです! これは激しい投手戦が予想されます!』
俺がピシャリと三つの三振を奪うと観客席が再びドッと沸き立ち、俺への歓声があちこちから聞こえてきた。
さっきウチが無失点で抑えられた時よりも歓声が大きい気がするな。
大勢から注目されていると実感できるこの瞬間は、本当にクセになってしまう。
特に、空振ったバッターが悔しそうに睨んでいく姿は――。
おっと、いかんいかん。
あまり感情を面に出し過ぎるのもよくない。
適度に笑っているくらいがちょうど良いんだ。
あんまりヘイトを買い過ぎると、味方にまで影響してしまうかもしれないからな。
「ナイスピッチ、南雲」
「おうっ」
こうして、初回のスコアボードには両チーム共に『0』の数字が刻まれたのだった。