ダイジョーブじゃない手術を受けた俺57

 見知った顔の先輩たちが次々と空振りしていく様を、未来の稲実のエースである成宮 鳴はただ眺めているしかできなかった。

(クッソぉ……! 南雲の奴、俺が見てるだけなのにあんなに楽しそうに投げやがって!)

 自分はまだ控えの投手。
 今日の試合で先発を任されている三年生のように信頼されているわけではなく、この鬱憤を晴らす機会はもしかすると無いのかもしれない。
 彼ががどれだけ投げたいと願っても、こればかりはどうすることもできないのだ。

 このままただ見ているだけ、成宮はそれが無性に嫌だと感じた。

「監督、向こうは一年の南雲がマウンドに立っているんですよ? ならこっちも早くオレが出て行かないとダメでしょ! オレはいつでもいけますから!」

 結局は居ても立っても居られずに、成宮は監督である国友 広重に直談判することにしたようである。
 しかし――。

「黙って見ていろ」

「うっ、ぐぬぬ……!」

 当然、そんな意見が採用されることはなかった。
 確かに成宮 鳴という投手の潜在能力は凄まじく、長年監督を務めてきた国友の目から見ても、高校球児としてはトップクラスの逸材だろう。
 もしも今年の二、三年の中にエースとして相応しい投手が居なければ、彼にエースナンバーを託してみるのもあり得たかもしれない。

 だが、それはあくまでも二、三年に相応しい者がいなければの話だ。
 幸いというべきか、今年の三年には実力も実績も兼ね備えた名実ともにエースに相応しい選手がいた。
 未だ実績が無い一年生をわざわざエースにするリスクを犯す必要が無いのである。

「ちぇっ、オレならアイツよりも注目を集められるのにな」

 意見をにべもなく却下されたことで、子供のように頬をプクッと膨らませる成宮。
 自分の背中にある番号は『18』。
 無論、一年の自分が貰えるだけ有り難いと思っていたが、青道のマウンドに立っているあの男が背負っている番号を見てしまうと、思わず顔を顰めてしまった。

 なぜ同じ一年でありながら、あの男はエースとして君臨しているのか、と。
 マウンドでの振る舞いを見て、あの番号がやけに似合っているのが尚更に腹が立ってしまうのだった。

 そんな成宮を見て、稲実の正捕手である原田 雅功はお前は子供かと苦笑した。

「よく見とけよ、鳴。はっきり言ってあの男は今のお前よりも実力は上だ。というか、既に全国でもトップレベルの選手だ。右投手と左投手とはいえ、参考に出来る所は必ずあるぞ」

「っ……わ、わかってるよ。わざわざ言われなくても、そんなことはさ」

 素直には認めたくはないのか、不承不承といった様子でかなり不貞腐れながらも、成宮はマウンドにいる南雲のピッチングをよく観察する。
 投球フォームも、恵まれた身体も、そこから放たれる球も、その全てが一級品。

(球はあいつの方が速いな。変化球も、まぁ、あいつの方が球種は多い。体格もちょっとだけ……本当にちょびっとだけあいつの方が良いかもしれない。でもそんなの、これから全部ひっくり返してやれば良いだけだし!)

 だいぶ偏った観察眼で南雲と自身を比較していくが、それでも完全に負けているとは思わなかった。
 勝負とは、自分自身が負けたとさえ認めなければ負けてはいないのだ。
 少なくとも成宮はそう思っている。
 だから現状で多少リードされていても、必ずその背中に追い付き、そしてあっという間に追い越してやると闘志を漲らせた。

 この程度で諦めてしまうほど、成宮 鳴という男は素直ではなかった。
 そんな彼を横目で見た原田は密かに笑みを噛み殺す。

「――今日、この試合の終盤でもしかするとお前の出番が来るかもしれない。どんな時でも投げられるように、気持ちだけは切らすなよ」

「っ! う、うん。わかったマサさん!」

 

 ◆◆◆

 

 2回の表、俺たちの攻撃は5番バッターの哲さんから始まった。

 ――カキィィン!

 金属音が高らかに響き、強烈なライナーとなってセンター前まで一直線に飛んで行く白球。
 もう少し横にそれていたら二塁も十分狙えただろうが、稲実のエースはそこまで細かく狙えるような球を投げていないので仕方ない。
 こればかりは運次第だ。

「ノーアウトでランナーが出たぞ! 結城に続け!」

 しかし、続く山口先輩は粘りのあるバッティングでフルカウントまで持ち込むも、その後あえなくピッチャーフライに打ち取られてしまった。

「……すまん」

「どんまいっす。でも、先輩が粘ってくれたおかげでここから相手の球筋をじっくり見れました。だから全然無駄じゃなかったっすよ」

 10球近くも相手に投げさせたのだから、これは決して無駄な頑張りではない。
 たった一人をアウトにするのにそれだけ多くの球数を投げさせられたら、バッテリーは集中力も体力も削られているだろう。
 俺にとってはこれ以上ない舞台が整っているという事になる。

「次は、打つ」

「はははっ。はい、よろしくお願いしますね。俺は先輩方の力を信じているんですから、バンバン打っちゃってくださいよ」

「ああ、任せておけ」

 彼は口数の少ない人だけど、自分の仕事は完璧にこなす人だ。
 これまでの試合でも、クマさんから始まるクリーンナップに引けを取らないバッティングを見せている。
 次の打席では一体どんなバッティングを見せてくれるのか、とても楽しみだ。

 ――でも、悪いですけど先制点は俺が貰いますね。

 御幸とは投手戦になるみたいな事を話していたけど、それをこの手で覆たくなった。
 山口先輩の気迫に感化されたのかな?
 ああいう最後まで諦めないプレーは非常に俺好みである。

「よぉし、それじゃあ俺がスタンドに放り込んでやるとしようか!」

 相手のキャッチャーにギリギリ聞こえるか聞こえないかくらいの声量でそう言い放ち、俺は笑顔でバッターボックスへと入ったのだった。

 

   

スポンサーリンク

タイトルとURLをコピーしました