ダイジョーブじゃない手術を受けた俺59

 サードへと転がったボテボテの打球。
 しかし俺は即座に走り始め、一塁ベースを颯爽と駆け抜けた。
 審判の判定は……余裕でセーフ。
 本気でホームランを狙っていた身としては少し物足りない結果になってしまったが、チャンスを広げて後ろに繋げただけで良しとしよう。

「ナイスラン、南雲! お前の足が速かったの、すっかり忘れてたぞ!」

「相変わらず出来過ぎなやっちゃで! よっしゃ、ワシらも気合い入れろ。このままあいつに続くんや!」

 ベンチは良い雰囲気だ。
 このまま点を取れれば流れは完全に青道に来るだろうし、いくら稲実でもそこからまた巻き返すのは難しいはず。
 だから一点、欲を言えば二点くらい欲しい。
 それだけあれば相手の戦意をごそっと削り取れる。

 俺に初回から三者連続三振された稲実ナインからすれば、この序盤でのリードは精神的にも辛く、案外簡単に心がポッキリと折れてしまうかもしれないからな。
 ……いや、俺が折ってみせる。
 一本の安打すら許さず、パーフェクトを続けていればどんな強豪校でも戦意を削がれてしまう。

 味方を鼓舞し、敵を圧倒する。
 そして最後にはチームを勝利に導く。
 それが俺が目指すエースの在り方だ。

 だから――。

「だから頼みましたよ、伊佐敷先輩」

「しゃあオラァ! 場外までかっ飛ばしてやる!」

 ははっ、あの人には心配なんて要らなそうだね。
 ワンアウトでランナーは一、二塁。
 なんとしてもヒットが欲しいこの局面だが、そんな事は打席に立っている伊佐敷先輩が一番よくわかっているだろうさ。

 いくら俺が相手を抑えたとしても、点を取らなければ勝つ事は絶対に出来ない。
 試合に勝つには味方の援護は必要だ。
 バッティングに関して言えば、バットをブン回すくらいしか能の無い俺だけじゃどうにもならないからな。
 心強い先輩に頑張ってもらおう。

 長打が出ればワンチャン、ホームに突っ込んでやるくらいの気持ちでいつでも走り出せるように構えていると、金属音と共に打球が飛んで行くのが一瞬見えた。
 ナイスバッティング!
 心の中でそう称賛の声を上げ、一歩目を踏み出す。

 しかし、何故かグローブのバシンッ! という音が響いて来た。
 嫌な予感がして思わず足を止めてそちらに視線を向けると、相手ピッチャーが少し驚いたような表情を浮かべているのが見えた。

「戻れ南雲!」

「あ、やべ」

 頭で理解するよりも早く、俺は一塁コーチャーの声に従って慌てて戻ろうと頭から突っ込み、ベースへ右手を伸ばした。

「――セーフ!」

 ふぅ、ギリギリだったな。
 安堵からホッと息を吐く。
 もう少し一塁ベースから離れていたら間違いなくゲッツーになっていた。
 危ない危ない。

「よく捕ったな進藤。その調子で頼むぞ!」

「あ、あぁ。任せろ!」

 ピンチなのは変わっていないのに、未だ相手の士気は高い。
 むしろ今のでグッと高まった気がする。
 しっかし、本当に今のはよく捕ったな。
 あんな強烈なピッチャー……いや、ほぼセンター返しみたいな当たりを、まさか超反応を見せて掴み取るとは思わなかった。

 こればかりは相手を褒めるしかない。
 あれだけ早い速度で飛んでくる打球を見てから捕るのはまず不可能だから、反射的に伸ばしたグローブに偶々収まったんだろうけど、それでも並外れた動体視力が要求される。
 ただのまぐれとは言い切れないかな。

「危なかったな。まさか今のを捕られるとは思わなかったが、何はともあれゲッツーにならなくて良かった」

「須賀先輩のお陰っす。あの声が無かったら普通にアウトになってました。マジでありがとうございます」

「ははっ、よせよせ。俺だって一緒に戦っているんだ。礼なんて要らないよ」

 一塁コーチャーの須賀さんはそう言って照れ臭そうに笑った。
 須賀先輩のお陰でゲッツーは免れたが、不運に見舞われてこれでツーアウトになってしまったな。
 次に打席に入るのは9番バッターである御幸。
 得点圏にランナーが居る時のあいつは、別人じゃないかと思うほど本当によく打つ印象がある。
 頼んだぞ、相棒。

 そう思って見守っていると、左打席に入った御幸と目があった気がした。
 その目がまるで俺に心配するなと言っているように見えて、フッと笑ってしまう。
 心配なんてしてねぇよ。
 この場面でお前がアウトになる光景だけは、不思議と全く想像がつかないんだからな。

「――ボール、フォア!」

 大体6、7球を相手に投げさせ、その結果ここに来て初めてのフォアボールをもぎ取った。
 制球自体が乱れていたわけじゃないけど、御幸の粘り勝ちって感じか。
 ツーアウトで追い込まれていながらクサい球を見逃せるあいつは、きっと心臓に毛でも生えているんだろう。
 ナイス見逃し、そう口パクで笑ってやると、向こうはナイスダッシュと笑ってきた。

 さて、これでツーアウト満塁。
 打順は1番まで戻って広瀬先輩だ。
 さっきの打席では良い当たりを打ったけど、惜しくも相手の守備に阻まれてしまっている。
 頼みますよ、先輩。

『打球は再びセカンドへ飛んだぁ!」

 広瀬先輩は初球を見逃して二球目を叩いた。
 奇しくも飛んだ先は、第一打席で広瀬先輩がヒット性の当たりをアウトにされたセカンド方面。
 抜けろ!
 青道側の選手や観客が強くそう念じた。

『――と、捕ったぁぁ! またもやセカンドのファインプレーだっ! 難しい打球を見事に捌き、そのままカバーに入ったショートへトスをしてアウト。これでチェンジとなりました!』

 ……駄目か。
 くっそぉ、惜しかったなぁ。
 あともう一本ヒットが出ていれば、この回だけで何点か取れていたのに。

 まぁ、それが野球だからしょうがない。
 流れはまだウチにあるんだ。
 点を取る機会なんてまた作れば良いんだし、さっき自分で言ったように気持ちを切り替えて次のプレーのことを考えないとな。

 俺はグローブを二、三回右手で叩き、気合いを入れ直して二度目のマウンドへと向かった。

 

 ――しかし、その後も青道は何度もヒットを放って得点圏にまでランナーを進めるも、5回が終わった時点で両チームの均衡が崩れる事はなかったのだった。

 

   

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