お互いに無得点のまま、ついには5回の裏まできてしまった。
青道は得点までもう少し、あと少しという所までは何度も迫っているのだが、その少しというのが厄介でこれまで中々得点には至っていない。
手を伸ばせば届きそうなだけにもどかしい気持ちも当然ある。
それにそろそろ先制点を入れないと、相手にはもう投球だけでプレッシャーを掛けるのは難しくなってきているし。
「ま、それでも俺たちがやる事は変わらないけどさ」
焦っても仕方ないんだから、俺は俺のピッチングをし続けるだけだ。
延長に突入しようが、いくらでも投げてやるぜ!
マウンド上でそう意気込んでいると、不安がっていると思ったのか御幸が安心させるような声色で話しかけてきた。
「こっちに点が入るのは時間の問題だ。先輩達はもう、相手の投げる球に完全に目が慣れているからな。ちょっとしたきっかけさえあれば簡単に先制点を挙げられるだろう。落ち着いていこう」
「ああ、了解。このまま先輩達がチンタラしているようだったら喝でも入れてやろうぜ。たぶん、伊佐敷先輩あたりが爆発するだろうけど」
「ははは、それは当然お前がやるんだよな?」
「何を言ってやがる。そういうのは御幸の得意分野だろうが。やる時は派手に頼むぜ」
俺が冗談半分でサムズアップしてやると、御幸は本気で嫌そうな顔をしていた。
その顔があまりにもしかめっ面で思わず吹き出してしまう。
「ぷふっ、そんな顔すんなって。流石に冗談だ。それに、たった今お前も言ってたじゃん。点が入るのは時間の問題だってさ。先輩達なら次の回にでも先制点を挙げてくれるだろ」
ここまで俺達バッテリーがパーフェクトを継続しているという活躍もあって、チーム全体がそれに負けまいと奮起している。
俺の球はまだ打たれそうにないし、点が入るまでは何イニングだって投げてやるさ。
このチームの人たちなら必ずそれに応えてくれるからな。
徐々に嫌な空気が漂い始めているかもしれないが、焦っても仕方ないとわかっているからそこまで気にする必要は無いだろう。
むしろ、このピリピリ感を楽しむくらいの気持ちでいれば良い。
「この回は四番からの攻撃だ。一発がある強打者が続くから、油断は……まぁ言わなくても大丈夫か」
「もちろん」
まずは四番バッター。
東キャプテンのような恵まれた体格を持っている選手で、力強いバッティングが持ち味な典型的なプルヒッターだ。
こういう相手に力押しは厳禁。
その勝負でも負けるつもりはないが、わざわざ得意な土俵で戦ってやる理由は無い。
御幸の出すサインに頷き、おおきく振りかぶってボールを指先で押し出す。
ドスンッ! そんな音を立ててミットに収まった。
判定はストライク。
インコースギリギリへと強烈なフォーシームを叩き込み、バットを振らせることなくカウントをもぎ取った。
次に投げるのはタイミングを外すチェンジアップだ。
いくら意識していても、さっきのフォーシームが目に焼き付いていてチェンジアップの凶悪さを倍増させている。
そう簡単には打てないよ。
「チッ、このままやられっぱなしでたまるか!」
そして、最後は外に逃げていく高速じゃない方のスライダー。
それでも130キロ後半から140キロ前半まで出る変化球なので、十分に三振を取れる球種である。
この配球であっさり稲実の四番を三球三振に打ち取った。
『決まったぁ! 南雲、またもや三球三振に切って取りました! 果たして稲白実業は彼の快進撃を止められるのか!?』
うっし、綺麗に決まったな。
この調子でテンポ良くどんどん行こうか。
次のバッターは……おっ、キャッチャーの原田さんみたいだ。
第一打席では御幸のリードと俺の球に翻弄されていて、膝から崩れる見事な空振り三振を晒していたが、それでも屈指の打者であることに変わりはない。
感じるオーラが他とは頭ひとつ抜けているしな。
まずはカットボールをストライクゾーン低めに投げると、それには手を出さず見送った。
うん?
もしかしてフォーシームを待ってるのか?
それとも、チェンジアップを叩くつもりなのかもしれない。
どうする、御幸?
そう思いながらサインを待っていると、御幸が出したサインは――ツーシーム。
俺のツーシームはシュート方向へ少し変化するムービングだ。
それで打ち取ってしまおうという考えなのだろう。
出されたサインに頷き、構えた場所へとドンピシャで投げ込んだ。
ガギッ!
バットの芯から外れてボテボテのゴロが俺の真正面に転がってくる。
よしよーしっ。
原田さん、打ち取ったりー。
「アウト!」
余裕を持ってファーストへ送球し、これでツーアウトとなった。
悔しいげにこちらを見てくる原田さんに気付き、思わずニヤケてしまいそうになるのをグッと堪える。
勝負に勝ったからといって、相手を煽るのもかっこ悪いしね。
多少笑ってしまうのは単純に楽しんでいるだけだから許して欲しい。
そして、続く六番バッターはフォーシームとチェンジアップでポンポンと三振に取り、これで四番、五番、六番をいとも簡単に打ち取ったことになる。
結果ほど簡単ではなかったが、ともかくこれで残り12アウトを奪ってやれば、俺は当初の目標であったパーフェクトを達成するな。
早々にチェンジとなったので、俺は意気揚々とベンチへと戻っていった。
「ほら、ドリンクだ。水分補給はちゃんとしとけよ二人とも」
すると、倉持が両手にスポーツドリンクを持って運んできてくれたのでそれを受け取る。
「お、サンキュー倉持。ところでどうだったよ、俺のピッチングは」
「ヒャハハ! ここから見ててもスゲェ球だったぜ。この調子なら完全試合も夢じゃねぇな!」
「おうとも。もちろん俺はそのつもりだぜ!」
残り4イニング、しっかり投げ切ってやるつもりだ。