ダイジョーブじゃない手術を受けた俺61

 身体からものすごい量の汗が流れ出ているからか、冷たいスポーツドリンクがビックリするほど美味しく感じる。
 クセになる味だ。
 でもあんまり飲み過ぎても動けなくなるし、この辺で止めておくか。

 ……いや、やっぱもう一杯だけ飲んどこっと。

「あんまり飲み過ぎんなよ?」

「おう、これで最後にするよ」

 あぁーうめー。
 やはりこの美味さは別格だ。
 疲れた身体に染み渡っていくような、普通じゃ味わえない特別感がある。
 俺がそうしてスポーツドリンクをチビチビ飲んでいると、御幸が少し真面目そうな表情になった。

「南雲、今スタミナはどのくらい残ってるんだ?」

「なんだよ急に改まって」

「この前の試合みたいにギリギリで投げ続けるみたいなことはできない。この拮抗した状況でお前を交代させるのは絶対に無いが、バテバテの状態なら話は変わってくるぜ?」

 つまり、俺が前みたいにスタミナ切れを隠しながら投げているんじゃないかと心配してるのか。
 でもその心配は無用だ。
 あの時とは比べ物にならないほどにスタミナは強化されているからな。
 全く……とは流石に言えないけど、バテバテではないと言い切れるくらいには体力が余っている。

「うーん、大体7割くらいは残ってるんじゃないか?」

「……お前、それマジで言ってんの?」

「おいおい、その疑う視線はやめろって。これが嘘でも冗談でもないんだ。なんかこう、三振を取るたびにスタミナが回復するというか、どんどん調子が上がって来ている気がしててさ。強がっているとかじゃなく、本当に元気なままなんだよ。まぁ、強いて言うなら気温が高すぎて汗が鬱陶しいくらいかな」

 上手くは言えないけど、本当にスタミナが回復している気がするんだよな。
 この身体はいつのまにか良い意味でおかしくなっているのかも。
 ま、もっともっと成長したい俺からすればそういう変化は大歓迎だ。
 この前の病院の検査でも異常無しだったし、あまり気にしなくても良いんじゃね。

「三振取ったらスタミナが回復するって、一体どういう原理だよ……」

「知らんよ。でも、御幸も俺の球を受けていてそんな気がしなかったか?」

 俺がそう尋ねると、御幸は考えるような素振りをしする。

「まぁ、確かに。いつもより疲れが見えてこない気はしてた。俺はてっきり、稲実相手でテンションが上がってるからだと思っていたんだけど」

「テンションが上がってるのは事実だよ。でも、これはそんなのじゃないと思う。……まぁ元気なんだから別に良いじゃん。それよりも今は応援しなきゃだろ」

「そうだぞ御幸。コイツがおかしいのは今に始まったことじゃない。ある意味平常運転だ」

「……それもそうだな。今更気にしても無駄、か」

「おい」

 その言い方には異議を申し立てたいところだが、コイツらには何を言ってもどうせ意味が無いから気にしない事にした。
 無駄な体力は使いたくないのである。

 さて、話を終えて視線をグラウンドに移すと、打席にはクマさんが立っていた。
 クマさんは今日の試合での打席で全て出塁しており、安定してヒットを製造している。
 かなり調子も良さそうだし、そのままこの打席でもかっ飛ばして欲しい……と思って期待して見ていると――。

『三番バッター田島、センター前へ弾き返しクリーンヒット! なんと今日、三打数三安打の大活躍です!』

 やっぱり期待にはちゃんと応えてくれる人だったか。
 狙いすましたかのようなバッティングで、コンパクトにセンター前へと運んだ。
 クマさんは身体が大きくて純粋なパワーヒッターだと思われがちだけど、力と同じくらい技術の面でも優れている。
 さっきの打球も余計な力を抜いてミートしたことで、綺麗に弾き返すことが出来たんだろう。

「クマさん、ナイスバッティング!」

 俺がそう叫ぶと、一塁ベースからグッと拳を突き上げてガッツポーズで返してくれた。
 そして、お互いに0点のまま突入したこの6回。
 ワンアウト、ランナー一塁の状況で打席に立つのは――『怪物』東 清国。

「うわぁ……東先輩、顔こえー」

「先輩たちの中でもあの人は別格だな。俺ら一年で張り合えるの、やっぱゾノくらいしかいねぇよ」

 獲物を狙う捕食者にしか見えない。
 もう高校生が出して良い雰囲気じゃないよね、あれ。
 髭とか生やしていたら余裕で社会人の仲間入りが出来そうだし、バットじゃなく竹刀でも持たせればヤのつく業界に飛び入り出来そう。
 あ、野球の技量じゃなくて見た目の話ね。

「いけぇ東、ブチかましてやれ!」

「キャプテン、ここが見せ場っすよ!」

「東くーん! 頑張ってー!」

 ベンチから、そして観客席からキャプテンへの声援が飛び交う。
 獰猛な笑みと共にバットを構え、隙を見せれば咬み殺すと言わんばかりの表情だ。
 こんなにも離れた場所にいるのに、俺の投手としての本能が何かを感じ取ってこの勝負から目が離せなくなった。

――カキィィィィイイン!!!

 今日の試合で一番良い金属音が響いた。
 タイミング、スイングの速度、角度、体重移動、それら全てが東先輩にとって完璧な最高のバッティング。
 俺も打った瞬間に思わず身を乗り出してボールの行方を追う。

『う、打ったぁー! これは大きいぞ!?』

 我らが青道のキャプテンが放った打球はレフト方向へ飛んで行った。
 大きなアーチを描きながらグングン飛距離を伸ばしていき、球場内の全員が固唾を呑んで見守っている。
 そして、遂にレフトを守っていた稲実の選手が足を止めて見送った。

 あぁ……俺も先輩と真剣勝負してみたいなぁ。

『入ったぁー! キャプテンの東、四番の仕事をきっちり果たす、値千金のツーランホームランだぁー! 稲白実業、これはかなり痛い失点です!』

 球場に揺れるほどの大歓声が巻き起こり、青道の先制点が決まったのだった。

 

   

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