ダイジョーブじゃない手術を受けた俺62

 6回の表、青道高校の攻撃は東先輩のあのツーランホームランの二点だけで終わってしまった。
 さすが稲実。
 この西東京地区で最強と言われているだけはあって、点を取られても中々動じないピッチャーに育て上げていたようだ。

 ……ま、チャンスの場面で回ってきた俺が三振してチェンジになった訳だけども。
 まだまだ俺たちの攻撃は終わらねぇ! 続け! なんて空気の中でそれを終わらせてしまったのは俺だけれども。
 やってしまったことは仕方ない。

 どんまい、俺。

 でも、この二点があれば十分だ。
 相手の攻撃の残り4イニング、きっちり抑えてこの借りは早々に返させてもらうとする。
 さぁ、切り替えていこう。
 ポジティブに考えられるのは才能だって、小学校の時の先生もそう言っていたからな。

 

 ◆◆◆

 

『青道のエース南雲、まったく手を緩めません! この回も三者連続三振に打ち取り、またもや無安打記録を更新しました! スコアボードに『0』の数字を刻み込みます!』

 6回の表で追加点のチャンスを潰してしまった南雲だったが、その裏の稲白実業の攻撃ではこれまで通り出塁を許すことなく三人で抑えてみせた。

 150キロを超えるストレート、豊富でキレのある変化球、キャッチャーが構えたミットへ投げ込めるコントロール、そして底無しとさえ思える無尽蔵のスタミナ。
 そのどれかひとつでも強力な武器となる所を、彼は全て手にしている。
 まさに投手としての理想を体現しているような選手だ。

 月刊『野球王国』の記者として、長年高校野球を追いかけてきた峰 富士夫は手帳に彼についてのメモを取りながらそう思う。

「やっぱり南雲君は凄いですね。本当にこのまま完全試合を達成してしまうんじゃないですか? もしそうなれば、今日の試合の記事は派手なものが書けそうですね!」

 すると、峰の横に座っていた背の高い女性が、マウンドからベンチへと戻っていく南雲を目を輝かせながら視線で追っていた。
 彼女の名前は大和田 秋子。
 以前偶然にも南雲の単独取材に成功した幸運な女性であり、当の南雲からは眼鏡フェチのお姉さんと覚えられている記者だ。

「高校野球はそんなに甘くない……と、言いたいところだが、あれだけのピッチングを見せられたら簡単には否定できないな。というか、彼は本当に高校一年生なのか? プロがひとり混じっていると言われても納得するレベルだぞ」

「プロって、流石にそれは言い過ぎなんじゃ……だってまだ南雲君は一年生ですし」

「言い過ぎなもんか。稲白実業は全国でもトップレベルの強さを誇るチームなんだぞ? そんな打線を相手に無失点どころか無安打記録を継続しているなんて普通じゃない。もしもこの球場にプロのスカウトが混じっていれば、今頃興奮しながら自分の球団に連絡を取っているだろう。即戦力のピッチャーが現れた、とな」

 峰は南雲のピッチングを目の当たりにして、その実力を高く評価していた。
 とはいえ、高校の三年間というのは選手にとって大きな別れ道となる場所だ。
 そこで大きく成長して次のステージへと華々しく羽ばたいていくのか、もしくは怪我やスランプによって未来を閉ざしてしまうのか。
 残念ながら高校野球の世界では後者の道を辿ってしまう選手も毎年一定数いる。

 厳しい勝負の世界。
 どれだけ才能があっても、どれだけ努力しても、野球人として活躍するにはそれだけでは足りないこともあるのだ。

 だが、もしも『南雲 太陽』という逸材がこのまま成長を続けていけたら、日本を代表する……いや、世界を代表するピッチャーになってもおかしくはないだろう。
 峰がそれほどの期待をしてしまうほどに、彼のピッチングは凄まじいものだった。
 今まで見てきた高校球児の中にも一際目を惹く選手もいたのだが、南雲はそれの比ではなかったのである。

(……フッ、流石に考え過ぎか。いくら何でも高校一年生の子供にそこまで期待するなんてな)

 膨れ上がった期待にそこで蓋をした。

「それにしても峰さんがそこまで言うなんて、南雲君の将来がどうなるか楽しみですね。あ、彼が今ネットでなんて呼ばれているのか知ってますか?」

「いや、知らないな。ベターにマウンドの王様とかか?」

「惜しい。王様じゃなくて『皇帝』ですよ。マウンドから静かにバッターを見下ろすグラウンドの支配者、そんな風に言われてますね。しかも彼のルックスも相まって、既に非公式のファンクラブみたいなのもあるんです。そしてなんと、わたしはそれの一桁会員なんですよ!」

 よほど南雲という選手に肩入れしているのか、大和田は興奮した様子で熱弁した。
 峰は面倒な地雷を踏んでしまったと後悔したが、その熱意は取材をする上で大きな原動力に成り得るので適当に合わせる事にする。

「……そうか。それは凄いな。でも大和田、南雲君は眼鏡を掛けていないじゃないか。お前の好みとは違う気がするが?」

「それはそれ、これはこれです」

「ああ、そう」

 大和田のそんな都合の良い言葉を聞き流しながら、峰は再び南雲について記事に書けそうなことを事細かにメモしていくのだった。

 

   

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