その後、7回の攻撃では得点には至らなかったものの、リードがあるという心の余裕からか今まで以上に苛烈な打撃で稲実のエースを追い詰めていた。
そろそろ成宮が出て来るかもしれないな。
稲実のエースは既に肩で息をしている状態だし、球に込められている力が徐々に弱まって来ているようだから。
このまま投げ続けると、試合が終わる前に大炎上コース一直線だと思われる。
まぁ、成宮が出てきても滅多打ちにして完膚なきまでに叩いておくつもりだけどね。
素質ではなく現時点での実力で言えば、成宮よりもエースの方が上だし。
――ズドンッッッ!
「ストライーック! バッターアウトッ」
そして、7回裏の相手の攻撃は一番バッターに戻っての打順だったが、完全に波に乗っている俺は全く打たれる気がせず、この回も快調に飛ばして危なげなく打者を打ち取っていった。
『エース南雲、この回も打者を三人でピシャリと抑えてゆっくりとマウンドから降ります!』
ふぅ、かなり良い調子だ。
エンジン全開って感じで身体の底から力が湧いてくる。
もしかすると次の回あたりで自己ベストである球速152キロを更新できるかもしれない。
俺は一年生のうちに最低でも球速を150後半にまで伸ばしたいと思っているので、試合中に成長出来るというのはこれ以上なく嬉しいことだ。
稲実の選手達には悪いが俺の糧となってもらおう。
そして、彼らには次に再戦する時までに今以上に成長して、再び俺の成長を手伝って欲しいところだ。
「この回もナイスピッチングや! このまま最後までその調子で頼むで。ワシらはワシらでもう二、三点くらいもぎ取ってきたるからな」
「うっす。東先輩のホームラン、めっちゃかっこよかったです!」
「ガハハ! そうかそうか、正直なやっちゃで!」
豪快に笑い飛ばしながらベンチへと戻っていく東先輩。
後ろからはクマさんが良くやったと背中をポンと叩いていく。
そして、二年生組も次々と労いの言葉を掛けてくれた。
「俺も南雲に負けていられないな。次の打席ではお前のピッチングにも劣らないバッティングを見せるとしよう」
闘志をメラメラと燃やす哲さん。
「しゃオラァ! その調子でこのまま投げろ!」
ヤンキー口調で激励の言葉を送ってくれる伊佐敷先輩。
「今日の試合は守備が楽で良いね。残りもしっかり頑張ってよ」
ニコニコと頼もしい笑みを浮かべる小湊先輩。
一度だけヒットになりそうだった当たりを小湊先輩のファインプレーに救われており、その笑顔がいつもより数段頼もしく感じた。
今日の試合ではまだ俺の球が外野に運ばれたことは一度もなく、全て三振か内野へのゴロで終わっている。
だけど、後ろを守るのがこの人達だから俺は自分のピッチングに専念出来るんだ。
それは絶対に忘れてはいけないと思う。
「ははは。残りは全部三振で終わらせるつもりですけど、もしかすると飛んでいくかもしれないんで、その時はよろしくお願いしますよ」
「うむ、任せておけ」
「ドンドン飛ばして来やがれ! オラァ!」
「生意気」
そして迎える8回表の青道の攻撃。
バッターボックスに入るのは再び俺だ。
前の打席ではせっかくのチャンスを俺が潰してしまったから、ここは気張ってバットを振るわなければらないだろう。
気持ちを切り替えると言いつつも、心の中では
東先輩はさっき俺に点を取ってきてくれると言っていたけれど、俺はバッティングだって誰にも負けるつもりはない。
今一度それを証明しようじゃないか。
試合開始直後よりも力が失われている今の彼の球ならば、ヒットを打つことだってそう難しくはない筈だ。
バットを握りしめて打席に立ち、マウンドに立っている選手を見る。
「はぁ、はぁ……クソっ!」
そろそろ限界だろうに。
俺がここできっちりトドメを刺して、さっさと楽にしてやるよ。
相手ピッチャーが初球を振りかぶって、投げる。
甘い。
真ん中より僅かに上に浮かんでいるその球は、バッターにとっては最高の絶好球。
きっと疲れからそんな球を投げてしまったのだろう。
俺がそれを見逃すはずもなく、力強く踏み込んで全力でバットを振り抜いた。
――ガギィィィィィンッッッ!
初球から派手な金属音が鳴り響き、一直線に飛んでいく。
『あぁっと、またもや特大ファールだ! 南雲、 この試合2回目となるホームラン性の打球は、再びファールゾーンへと消えていきます!』
しかし、ボールが飛んだ先はレフトスタンドよりも左へ逸れていってしまった。
マジかよツイてねぇ……!
あのギリギリファールのホームラン性の打球、今日でもう2回目だぞ!?
どうやら今日の俺はとことん運に嫌われているらしい。
次だ次!
次こそスタンドにぶち込む。
今度はレフトじゃなく、センターに向かって飛ばしてやるぜ!
バッターボックスから一度外れ、何度か確かめるように素振りをする。
うっし、完璧だ。
「次、スタンドに放り込みますね」
キャッチャーの原田さんからは何も返ってこなかったが、やれるものならやってみろと、そんな視線を頂いた。
ははっ、楽しいな。
これだから野球は止められない。
『第二球、振りかぶって……投げた!』
指先から放たれた白球。
俺はそれに対して迷わず足を踏み込んだ。
「危ない!」
すると誰かが叫んだ声が聞こえてくる。
だが次の瞬間にはボールが目の前まで迫っており、頭に強い衝撃が襲ってきたと思ったら……俺の意識はそこでプツリと途切れてしまったのだった。