練習試合までの二週間は光の速さであっという間に過ぎていった。
その間俺は落合コーチの指導の下、変化球を中心にピッチングを徹底的に磨き上げた。
思っていた以上にブランクの影響が軽かったから、最初は様子を見ながら練習していたんだけど、それもすぐに以前と同じ程度の練習量に戻してもらえたんだ。
その結果、二種類のスライダーとカットボールのキレが上がり、変化量が一段階上がった気がする。
今回は変化球を中心的に練習したから、球速やコントロールに関してはたぶんそこまでの変化は無い。
ただその代わり、肩の休養日に打撃練習をかなり集中してやったからバッティング技術が少し上達したかな。
力をバットに伝える技術が上手くなったというか、とにかくボールが前によく飛んでいくようになったんだ。
「南雲って野手に転向してもすぐにレギュラーになれそうだよな。お前がピッチャーっていうのが理不尽に感じることがある。いっそのこと外野にでもコンバートしたらどうだ?」
「ピッチャー以外なんてやだね。俺はマウンドで投げている時が一番楽しいし。それに、俺が野手になって一番困るのはお前じゃないのか、御幸?」
「もちろん冗談に決まってんだろ。意外と目立ちたがりのお前さんにはマウンドがお似合いだ」
まったく、俺が野手に転向とか変なことを言うんじゃない。
試合中にベンチで待機しているくらいならどこのポジションでも出るけど、やっぱり一番はピッチャーだ。
怪我とかで絶対に無理にならない限りはあの場所に立ち続けるよ。
「ま、いつも言っているけど打撃だって俺は誰にも負けるつもりは無いから、そういう意味では野手だって全員俺のライバルだな」
「へぇ、言ってくれるじゃん? そこまで言われたら俺も負けていられねぇな。俺も金に余裕があったら木製バットを練習で使うんだが」
さて、話は戻ってバッティングのついてだが、俺の飛距離が伸びたのはもしかすると木製バットでの練習を始めてみたのが理由の一つかもしれないと思っている。
木製バットは金属バットと違ってボールを芯で捉えなければ綺麗に飛ばないし、それどころか力任せに振れば結構簡単にポッキリと折れてしまう。
そこがはっきりしているからミート力を上げる練習にはもってこいなんだよね。
「あの練習は中々いい練習になるぜ。そのうち部費とかで出してもらえるようになるのを待つしかないな。それか親に泣きつくか、だ」
デメリットを挙げるとすれば、木製バットは折れて使い物にならなくなってしまうのでその分出費が嵩むことかな。
かくいう俺もこの二週間で既に三本の木製バットを昇天させており、母に電話越しでヘコヘコと頭を下げて今月分の仕送りを増やして貰った。
理解がある両親には圧倒的感謝である。
ちなみに、俺に木製バットでの練習を勧めてくれたのは落合コーチだ。
金銭的なデメリットに目をつむれば技術の向上にはもってこいの練習だし、コーチの思惑としては今のうちから木製バットでのバッティングに慣れさせておき、高校を卒業してからのその先の事を考えているらしい。
プロの世界ではバットは木製だからね。
金属でポンポンホームランを連発していた選手が、プロ入り後に鳴かず飛ばずの成績になってしまうというのも珍しく無い。
その為、今のうちから木製バットに慣れておく事は悪いことじゃないだろう。
まぁ、正直今の俺には将来の事より、まずは高校でトップを取ることが目標だ。
先のことを考えるのはそれからかな。
何となく大雑把には考えていないでもないけど。
とまぁ、そんなこんなで楽しくて仕方がない練習の日々はあっという間に過ぎ去っていき、気付けば今日の練習試合の日になっていたのだ。
アップもさっき済ませたし、そろそろプレイボールの時間かな?
「さぁ、これが俺の復帰戦だ。張り切って、盛大にブチかましてやろうぜ」
俺はベンチから身体を乗り出し、意気揚々と戦意を滾らせた。
試合前から気持ちを高めて集中しておけばしっかりと自分の力を出し切れる。
言葉に出すっていうのは意外と重要だ。
頭が切り換え易くなる気がする。
あくまでも俺の話だから、他の人が同じように出来るのかは知らないが。
そういえば、今日の練習試合の相手がどこの人たちなのかね?
練習に打ち込み過ぎてそれどころじゃなく、今日の今日まで試合の事は何も聞いていなかった。
「おいおい、何寝ぼけてんだよ。試合ならちょっと前に終わったばかりだろ?」
「え?」
御幸の呆れ顔が視界に入ってくる。
俺はその言葉の意味がわからずに身体を硬直させていた。
「お前は5イニングを投げ、参考記録ながら息をするように完全試合を達成。それが今日の成績だ。試合中は怖いくらいに集中していて、構えたところにドンピシャにくるもんだからいつも以上にリードがしやすいかったぞ」
……あー、そう言われてみれば身体が妙に疲れている気がする。
それに何となくだけど断片的に思い出してきたぞ。
俺は試合が終わった後に疲れてそのままベンチで休んでいて、それで寝惚けてすっかり忘れていたみたいだ。
でも、正直試合内容はあんまり覚えてないなぁ。
覚えていることと言えば、何故か相手選手たちの表情が完全に死んでいたことくらい。
一体俺はどんな投球をしていたのだろうか……。