外が暗闇に包まれ、部員達が自主練に励んでいる頃、青道高校首脳陣は今日行われた練習試合の内容を振り返っていた。
「いやー、今日の南雲は以前にも増して凄みがありましたね! なんというか、鬼気迫るものを感じましたよ」
そう言って上機嫌に笑うのは部長の太田。
彼は野球知識こそ最低限しか持っていないが、そんな太田でもはっきりとわかるくらいには今日の南雲のピッチングには凄みがあった。
そして、未だに興奮が収まっていないのは今日が南雲の復帰戦だったから。
頭部へのデッドボールという下手をすれば後遺症が残ってもおかしくはない怪我からの復帰である。
もしかすると……などと心配性な気質がある太田は最後まで気を張っており、その反動でここまでのハイテンションとなっていた。
「確かにあれは神懸かった投球でした。今回のピッチングが公式戦でも出来れば、おそらく打ち込まれることは無いでしょうな。まさに超高校級と呼ぶに相応しい逸材です。彼がいれば全国制覇だって夢物語ではなくなる」
「おぉ、落合コーチもそう思いますか! はっはっは、やはり南雲がいれば安心して試合を任せられますよね! そうそう、今はまだまだ経験も実績も足りない選手なんですが、一年にもう一人面白い投手がいましてね。川上というアンダースローのピッチャーでして……」
「は、はぁ。川上ですか。覚えておきましょう」
「ええ、是非!」
気付けば何故か太田による川上という一年のプレゼンを聞く事になり困惑気味の落合だったが、そこは年の功というべきか適当に聞き流していた。
確かにアンダースローで投げる投手というのは希有な存在ではある。
しかし、たったそれだけではどこまで行っても南雲の予備にしかならない。
そして青道に南雲という別格がいる以上、彼を上回る投手などいる筈がないと落合は考えていた。
「何試合か青道の試合の映像を見させてもらいましたが、青道の課題はやはり投手陣ですな。打撃面はともかく、南雲以外の投手ははっきり言って未熟もいいところです」
話題はすぐに南雲へと戻る。
「片岡さん。ひとつ聞きたいのですが、あなたは南雲と心中する覚悟はありますか?」
「それはどういう意味ですか?」
「言葉通りの意味です。南雲がいる以上、甲子園へ行くことはそれほど難しくはないと思います。ただ、もっと先へ行くには、南雲以外の投手を捨て駒にするのがよろしいかと」
「……捨て駒?」
「あくまでも言葉の綾ですよ。南雲に足りないのは経験です。一試合でも多くの試合を経験させておきたい。それも、出来ればピンチの状態から登板させてみるのがベストですね。本人がほとんど打たれませんから、他の投手が追い込まれたタイミングで投入してはどうですか、という事です」
それを聞いた片岡は無意識のうちに眉を顰めた。
落合が言っているのは南雲の為に他の選手の成長の場を奪い取ると同義だからだ。
青道が強くなる為には南雲の成長は欠かせない。
しかし、部員達の事は出来るだけ平等に接してきている片岡だからこそ、その提案を素直に受け入れることは出来なかった。
そして落合が発した言葉によって一気に部屋の中が険悪なムードになり、そのピリついた空気に太田はあたふたしている。
高島も何か口を挟もうとするが、適切な言葉が浮かんでこずに結局は何も言い出せなかった。
「……私は南雲だけを特別扱いするつもりはありません。試合に勝てる投手をマウンドに上げる。南雲は確かに素晴らしい投手です。しかし、それが他の投手陣を見捨てて良い理由にならない。私は野球部の監督であると同時に教育者なので」
この二人の決定的な違いはここだろう。
両者とももちろん勝利へのこだわりは強いのだが、片岡はその道筋すらもこだわるタイプであり、反対に落合は過程ではなく結果のみを見るタイプ。
こればかりはどちらが良いとも悪いとも言えない。
双方ともにメリットもデメリットも同じくらいに孕んでいるからだ。
ただひとつ、間違いがないのは落合には確かな実績があるということである。
この点においては紛れもない事実であり、彼の指導方法を否定するには片岡の実績はあまりにも弱かった。
学校側に雇われている立場である大人達は、ある意味選手よりも結果にこだわる必要があるのだ。
結果が全てとは言わないが、何度も甲子園出場を逃している片岡の采配に疑問の声が上がり始めているのがその証拠である。
「そうですか。青道の監督は私ではなく片岡さんです。であれば、その方針に従いますよ」
内心で若いな、と思いながらも落合はそう答えた。
彼としても片岡の考え方は嫌いでは無いのだ。
部員全員が成長しつつ、尚且つ勝利する事ができるのであればそれが一番だとも思っている。
決して頭ごなしに否定したい訳ではなく、むしろ年長者として親切心でアドバイスを送ったつもりであった。
「ありがとうございます。私はまだまだ若輩の身。落合さんのことはこれからも頼りにさせてもらいます」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」
幸いにもこの場は落合が折れ、片岡が頭を下げたことで丸く収まったようだ。
その様子に他の二人は安堵する。
「そ、それはそうと高島先生。今年のスカウトの調子はどうなんですか? 去年は南雲に御幸、そして倉持とかなり的中しましたが、今回も彼らのような選手に目星は付いているんですかね?」
太田はスカウトでもある高島にそう問いかけた。
単純に進捗状況が気になったのもあるが、話を蒸し返せばまた二人が険悪な様子になってしまうと思ったから話題を変えようとしたのだろう。
「流石に南雲君レベルの即戦力とはいきませんが、磨けば光りそうな面白い原石を二人見つけましたよ。彼らが入ってくれれば、ウチの課題でもある投手陣は一気に充実してくると思います」
「なるほど! それは素晴らしい!」
「原石、ですか。ちなみにその二人の名前は?」
「沢村 栄純と降谷 暁です。どちらも中学では無名の選手ですが、原石の大きさは一級品ですよ」
自信を持ってそう言い切る高島の言葉に、落合は少しだけ二人の事が気になった。
南雲の控えくらいになれる実力があればいいだろう、と。