ダイジョーブじゃない手術を受けた俺78

 突然だが、今の青道の状況をざっくりと説明しよう。
 まずは引退した東先輩たち三年生についてだが、彼らのほとんどは大学進学を目指すらしい。
 既にセレクションを受けて良い返事を貰っている人もいれば、野球の実力ではなく普通に受験して入学しようとしている人もいる。
 中には高校で野球はきっぱりと辞めて別の道に進むって先輩も居るようだ。
 ショートを守っていた山口先輩なんかは、実家の車屋さんを継ぐ為に進学ではなくそのまま実家に就職するとのこと。

 そしてただ一人だけ、ウチでプロ志望届を提出したのが、我らがキャプテン東先輩である。
 甲子園へ行くことが出来なかったからドラフトで選ばれるかどうか微妙らしいけど、元々プロ野球界から注目されていたようだから何とか選ばれて欲しい。
 こればかりは祈るしかないね。
 俺も忘れないうちは祈っててあげようと思う。

 あ、ちなみにクマさんはやっぱり声を掛けてもらっていた大学に進学することになりそうだ。
 クマさんなら勉強でも良い大学に入れそうなものだけど、せっかくならと野球の特待生として受験するんだってさ。

 とまぁ、そんな感じで三年生はもう自分の道を進み始めている。
 今はまだ必死になって勉強をしている人はあまりいないけど、セレクションに落ちたりすれば日付が進むにつれて勉強に励む人が増えてきそうだ。
 地獄絵図になる未来が容易に想像できる。

「俺たちも二年後は通る道だ。他人事とは思えないよな。特に倉持、お前はこの前のテストでも赤点ギリギリの科目が何個かあっただろ。練習時間を削れとは言わねーけど、最低限の勉強はしておけよ? 拾ってくれる大学が無いかもしれないんだから」

「うっ、わかってるよ。成績表を見た母ちゃんにも同じこと言われたし、二学期からもうちょっと真面目に授業を受けるって」

 倉持は見た目通り授業中にしょっちゅう寝ている。
 俺もあんまり他人のこと言えないけど、それでも課題とはしっかりやっているし、テストの成績も良いから倉持の方が先生から目を付けられているんだ。

 てか倉持よ、以前も似たようなことを聞いた気がするぞ?
 勉強なんてちょっと教科書を暗記すれば余裕だろうに……と軽く言うと、倉持だけじゃなく御幸にまで睨まれてしまった。

「怖っ。そんなに睨むなって二人とも。時間がある時に少しくらいなら勉強を教えてやるからさ」

「ホントか!?」

「ああ、いいぜ。友達が留年とか進学できないとかヤだし」

「南雲……!」

 倉持の好感度がグンっと上がった――気がする。

「まぁ勉強の話は置いておいて、今日は先輩たちだけのミーティングがあったんだよな。お前らなにか聞いてるか?」

 御幸が首を横に振り、倉持は何か知っているような素振りをした。

「んー、俺も純さんに聞いただけだからそんなに詳しくは知らないけど、結局は言い合いみたいになって終わっちまったみたいだぞ。クリス先輩がその場を収めて何とかなったらしいけど」

 あらま。
 やっぱそういう時に場を仕切れる人が一人は居ないと厳しいか。
 新キャプテンの哲さんはプレーでチームを引っ張って行くタイプのリーダーで、副キャプテンの二人もどちらかと言えば同じタイプだ。
 特に二年生って個性的な人が集まっているから、常識人筆頭のクリス先輩は大変だろうな。

「こういうのって、俺らも何か動いた方が良いのか?」

 チームの雰囲気が悪くなっていることに危機感を感じたのか、御幸がそんなことを聞いてきた。

「先輩たちに言われるまでは何もしなくていいだろ。俺たちが出しゃばっても、先輩たちからすればあんまり面白くないかもしれない。今年は哲さんたちの代なんだからな。だからそういうのは先輩方に任せていれば良いんだよ。クリス先輩もこの間そう言ってたし」

 青道のことは俺たち一年よりも先輩たちの方がずっとわかっている。
 チームが新体制になれば、大なり小なり問題は起こるもの。
 まだ焦るような時期じゃない。
 せっかく落合コーチに優先的に見てもらっているんだし、俺は自分の練習に集中させてもらうよ。
 俺が成長すれば結果的にはチームの助けになるだろうしね。

「そうか。ならひとまずは様子見だな」

 どうやら御幸は俺の言葉に納得したようだ。
 ただ、俺もああ言ったものの、同じ投手として丹波さんの事は気にはなっているんだよなぁ。

 大会が終わってから新チームになり、何回か他校との練習試合をやっていたんだけど、あまり満足できる内容じゃなかったんだ。
 クリス先輩や他の先輩たちも何とか立ち直らせようとしているんだけど、思った以上に準決勝での敗戦の傷が大きいらしく、中々に苦戦しているみたい。
 練習試合で新しく一年のノリこと川上が起用されたこともあって、色々と焦っている部分があるのかもしれない。

「そういえばノリも最近試合にちょくちょく出てるよな。実際どうなんだ? 次の大会までに戦力になりそうか?」

「ノリは良いピッチャーになる素質はあるよ。高校でアンダースロー投げるやつ自体が珍しいし、コントロールも悪くないからな。ただ、試合で使い物になるかはまだ微妙かな。あくまでも練習では、良い球を投げているんだけど」

「練習では?」

「ああ。ノリのやつ、今は緊張で自分の力を完全に出し切れていないんだ。だからそれが克服出来ないと、大事な場合での起用は難しいかもしれない」

 なるほど。
 三年生が抜けた穴を埋めるにはまだ少し足りないか。

「それなら南雲からなんかアドバイスでもしてやれよ。同じポジションなんだし、助言くらいはできるんじゃね?」

 すると、倉持が俺にそんな提案をしてきた。

「技術的な事ならともかく、精神面でのアドバイスとなると何を言えば良いのか分かんないな。性格や考え方なんて各々違うし、それこそ激励程度しかできないぞ、俺」

 ノリとは何回かブルペンで話したことはあるが、そこまで仲が良いわけでもない。
 もちろん悪いわけでもないんだけど、どこか俺に対して遠慮している感じがあるんだよな。
 壁があるというか、もしかすると嫌われているまである。
 俺としては仲良くしたいんだけど……。

「ま、いい機会だし一度ノリと話してみるか。それで何かが変わるわけじゃないだろうけど、殻を破るキッカケにはなるかもしれないし」

 

   

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