俺の考えを丹波先輩とノリに伝えると、二人は考え込むように黙り込んでしまった。
真面目な性格の二人の事だ。
きっと色々と思う所があるんだろう。
別に無理に俺の考えを押し付けるつもりは無いし、丹波先輩の症状がこれで絶対に治るとは言い切れない。
だからこの考えが受け入れられないなら、とりあえず今は焦って無理なトレーニングさえしなければそれで良いんじゃないかな。
「……野球を楽しむ、か。そういえば高校に上がってからはそんな風にマウンドへ立った記憶が無い。目の前のことで頭がいっぱいだった気がする」
ポツリ、と丹波先輩はどこか晴れやかな表情でそう呟いた。
そしてそれに続くような形でノリも口を開く。
「俺も最近は打たれたらどうしようとか、そんな事ばっか考えてました……」
ノリは先輩ほどじゃないにしても結構気負って投げていたんだと思う。
高校のマウンドって中学のとは比べ物にならないくらいの圧をそこら中から感じるから、中には練習通りのプレーが出来ない人もいるんだ。
そこから這い上がって来れるかは本人次第。
最後は自分で乗り越えるしかない。
「二人とも良いピッチャーになれる素質は十分にあるんだから、後は毎日の練習と気持ち次第ですよ。特に、丹波先輩のカーブなんて俺も羨ましいくらいですし」
丹波先輩が投げるカーブは俺が初めて見た時よりもどんどん進化していっている。
初見だとほぼ打てないんじゃないかな。
後半になってくるとたまにすっぽ抜けが出始めるけど、それを加味しても十分すぎるくらい強力な武器だ。
このカーブのおかげで先輩は投球の幅がグッと広がっているように思える。
「フッ、ここは素直にその言葉を受け取っておくとする。お前たちに相談してよかったよ。ありがとう南雲、それから川上もな」
「あ、いや……俺は南雲と違って話を聞いてただけですから……」
「川上のおかげで南雲に話す決心がついたんだ。だからこうして吹っ切れたのはお前のおかげでもある。何か悩みがあれば今度は俺が相談に乗ろう。そして、いつか俺達二人のどちらかが南雲からエースの座を奪ってやろうな」
「は、はい!」
あはは、そうしてくれると俺も成長できるから嬉しいよ。
一番のライバル的な存在だった佐藤先輩が引退しちゃったから、今の青道に俺と正面から張り合おうとしてくれる投手がいなかったんだ。
だからこうしてやる気になってくれたのは本当に有難い。
それにしても今回の件、俺にしては中々上手く収められた気がする。
御幸達に言っていたように俺は二年の問題に首を突っ込むつもりは無かったんだけど、同じ投手として悩んでいる丹波先輩を放っておくことは出来なかったんだ。
もちろんアドバイスを送った事に後悔は無いが、一応クリス先輩には後で一言言っておいた方が良いかもしれないな。
出来るだけ丹波先輩の名誉を守る形で、だけど。
そんな事を考えていると、俺はふと誰かの視線を感じて後ろを振り返った。
「……って、クリス先輩!?」
二人との会話に夢中になっていたから気付かなかったが、入り口の所でクリス先輩がこちらの様子を伺っているのが見えた。
俺は慌てて先輩に声をかける。
「あの、いつからそこに?」
「南雲がブルペンに入って丹波に避けられていた所からだ」
「それって最初からじゃん……」
「すまんな。盗み聞きするつもりは無かったんだが、様子見をしていたら完全に入る機会を失ってしまったんだ」
マジか、全然気付かなかった。
そうとも知らず俺は調子に乗ってペラペラと……。
俺が自分の言い放った言葉に身悶えしていると、クリス先輩はポンと俺の肩に手を置いた。
「それにしても南雲、中々良いことを言うじゃないか。お前は完全にプレイヤー型だと思っていたが、案外指導者にも向いているのかもしれないぞ?」
「ははは。いやいや、さすがに無理でしょ」
クリス先輩の冗談を笑い飛ばす。
今回のことだってまだ成果は出ていないし、そもそも結果が出たとしてもそれは二人の努力であって俺の功績ではない。
自分のことで精一杯なやつに指導なんてできる訳ないよ。
「あ、それよりもすみません。三年のことは先輩達に任せるって言っておきながら、結局は首を突っ込んでしまいました。でもこれは決して先輩たちのことを蔑ろにした訳じゃなくてですね……」
俺の心配をよそに、先輩は優し気な笑みを浮かべていた。
「構わないさ。むしろ三年を代表して礼を言いたいくらいだ。これをきっかけに、チームの空気もガラッと変わるかもしれないしな。感謝こそすれ、怒る事はないから安心してくれ」
ほっ、それなら安心。
そして、クリス先輩は次に丹波先輩の方に視線を移動させる。
「丹波」
「な、なんだクリス?」
名前を呼ばれた丹波先輩は身体をビクつかせ、声も多少上ずっていた。
このやり取りだけで二人の関係性が何となく見えてくるんだからすごいよね。
「重要なことは南雲が全て言ってくれたから俺からはあまり言う事はない。だがこれだけは言っておくぞ。――俺はお前ともう一度バッテリーを組みたいと思っている」
「ッ!」
「早ければ秋の大会にも間に合うかもしれん。その時にお前がスタンドに居るなんて、俺は嫌だからな? ……もっとも、今の俺では精々御幸の二番手止まりだろうが」
「クリス……」
丹波先輩の目尻には僅かに涙が滲んでいる。
クリス先輩は今の二年生の中で突出した存在だったらしいから、そんな人に認められていた事がわかって嬉しいんだろう。
良いとこ全部持っていかれた気がするな。
でも先輩にひとつだけ言いたい。
復帰の目処が立っていたって話、俺も初耳なんですけど?