ダイジョーブじゃない手術を受けた俺81

 丹波先輩とノリの二人と話し合った日から十日ほどが経過した。
 あれから二人の調子は徐々に上向きになって来ていて、丹波先輩のイップスも完治したとは言えないまでも、かなり症状は軽くなっているらしい。
 アドバイスをした俺としては一安心だ。
 これでもしも悪化していたら申し訳なさすぎる。

 最初はノリが試合で自分の力を発揮出来ていない事を何とかしようと思っていただけだったんだが、まぁこれなら結果オーライだろう。
 チームの投手陣が強くなっていけば張り合いも出てくる。
 それは俺にとってもプラスになるからな。

 一方で俺も順調に成長出来ていると思う。
 投球練習は落合コーチが見てくれているし、打撃面では参考になるバッターがウチにはゴロゴロいるから日々進化していっている実感がある。
 後ろから追いかけて来る人がいるっていうのは結構良い刺激になるもんだ。

「そろそろ夏休みも終わりだな。もうすぐ授業が始まるし、その準備もやらないといけないぞ?」

「メンドくせーよな。ようやくこの野球漬けの毎日に慣れてきた所だってのに。今から学校が再開しちまったらまた生活リズムが狂っちまいそうだぜ……」

「お前の場合は夜中までゲームしなきゃ良いだけだろうが」

 そんな会話を近くにいる御幸と倉持の二人がしていた。

 あー、そろそろ学校が始まるのか……倉持じゃないけど面倒だなぁ。
 夏休みの間は野球に集中できる環境だったけど、当然だが9月からは授業が始まってしまうのでその分野球に費やせる時間が減ってしまう。

 しかも、サボると監督が烈火の如く怒り狂うらしいから下手に仮病を使う事もできない。
 始まったら始まったでそこそこ楽しいかもしれないが、少なくとも今は十対ゼロで面倒くさいが勝ってしまっている状態だ。
 決して口には出さないが授業なんて正直無駄だと思っている。

「嫌なこと思い出させんなよ。何かもっとさ、面白い話とかないの?」

「あ、それならとっておきの話があるぜ。今日、中学生の見学が来てたんだけどさ。そいつがなんと、東先輩と一打席勝負して勝ったんだ。ま、俺のリードのおかげもあるんだけどな」

「マジかよ!?」

 話は変わって来年に入ってくるかもしれない新入生の話になり、東先輩に勝ったという御幸のその言葉に倉持が驚いている。
 どうやら今日、中学生がウチの練習の見学に来ていたみたいだ。
 俺も去年の今頃やったなぁ。
 シニアの練習施設なんか比較にならないほど設備が充実していて、テンションが上がりっぱなしだったのを未だに覚えている。

「へぇ、中学生が東先輩を三振に打ち取ったのか。その中坊中々やるじゃん。名前は?」

「確か沢村とか言ってたかな。そいつ、面白い投げ方しててさ。ボールの出所が投げる瞬間までほとんど見えないんだよ。しかも投げるボールが全部ムービングもどきのクセ球で、タイミングがめちゃくちゃ取り難い。たぶん今までろくな指導を受けてこなかったんだろうな」

「天然物のムービングボーラーってとこか。うん、中々良さそうなピッチャーじゃん」

「そんな上等なもんじゃねーよ。ただのクセ球だ。少なくとも今は、な」

 ってことは、将来的にはかなり良い投手になる素質があると御幸は見ていると。
 そんな面白いピッチャーなら俺も見ておけばよかった。
 俺とは全然タイプが違うみたいだけど、何かしら吸収出来るものがあるかもしれないし。

「来年はウチに入って来んの?」

「どうだろうな。礼ちゃんの話では結構良い手応えがあったって言っていたからその可能性は十分あると思うけど」

「それは楽しみだ」

 話を聞いている限りではウチに興味を持っているみたいだから、来年の春になったら会えるだろ。
 クセ球はそれまでのお楽しみってことにしておくかね。

 ちなみに俺のツーシームやカットボールもムービングの一種で、直球のような球威を維持しつつも変化する球種の事をそう呼ぶらしい。

「お、噂をすれば何とやら」

 ちょうど俺たちがその話で盛り上がっていると、いつもより不機嫌そうな東先輩がのそのそと巨体を揺らしながら食堂に入って来た。
 中学生に負けたのがよほど腹に据えかねているのか、誰も近付こうとしないくらい怒りのオーラを撒き散らしている。
 それを見た倉持がテーブルの下で御幸を足で小突く。

「ずいぶん荒れてんな……。おい御幸、お前にも原因があるんだから何とかして来いよ」

「え、やだよ。怖いし」

「お前が手を貸したせいで中学生に負けたんだろ? だったら最後まで責任持って機嫌を取って来いよ。いくら何でも中坊に負けさせるのはやり過ぎだって」

「いやいや、油断してたのは先輩の方だし。最近は色々と緩んでたからこれくらいが丁度良いよ。ま、正直俺もあそこまで綺麗に負けるとは思わなかったけど」

 おいおいこいつら、そんな大声で負けた負けたって騒いだら東先輩に聞こえちまう――。

「聞こえとんぞ! 一年のハナタレ坊主共が!」

 時すでに遅し。
 額に青筋を浮かべた鬼の怒声が響き、主に御幸がこってり絞られたとさ。

 俺?
 俺はしれっとクリス先輩の所に避難したけどなにか?

 

   

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