9月。
日頃の練習や他校との試合を繰り返しているとあっという間に月日が流れていき、今日から新学期の始まりだ。
いつも通り朝練を終え、1ヶ月以上袖を通していなかった制服を着て登校する。
「久しぶりー、元気してた?」
「俺さ、実はこの夏休みで彼女出来たんだよね」
「はははっ。お前黒くなり過ぎだろ」
「しかも大学生の美人なんだよ」
そしていざ学校に登校してみると、廊下や教室のあちこちで久しぶりの再会を喜ぶ声が聞こえてきた。
高校生にとって夏休みは色々な経験が出来る貴重な時間。
部活に入っていたとしても、俺たち野球部みたいに毎日練習がある訳ではないので、他の生徒はちゃんと学生らしい夏休みを送っていたようだ。
とりあえず彼女ができた云々と言っている男は爆ぜろ、と教室の自分の席に座ってぼんやりとそんな事を考えていた。
「おはよ、南雲くん」
すると、聞き慣れた声で自分の名前を呼ばれる。
そちらに顔を向ければ、そこに居たのは片目が髪で隠れた女生徒……我らが野球部のマネージャーである夏川 唯だった。
むさ苦しい野郎ばかりの中に咲く、鬼太郎ヘヤーのキュートな少女である。
「おー、おはようさん。昨日ぶりだけど制服姿だとちょっと新鮮だね」
「そうかな?」
最近はジャージ姿しか見ていなかったから、久しぶりに見る彼女の制服姿がとても新鮮に感じる。
夏川ってクラスではあんまり目立っていないけど実は隠れ美少女だよね。
練習で疲れている時とか、何気に元気を貰っていたりする。
そして、俺の視線は自然と上の方へと移動していった。
ところで彼女はずっとこの髪型だけど視界が狭くなって困らないのかね?
俺だったら鬱陶しくてすぐに切っちゃいたくなるんだけど。
「私の髪に何か付いてる?」
おっと、鬼太郎ヘヤーに意識を取られ過ぎた。
このまま見続けているのも失礼なので慌てて話題を変える。
「いや、何でもない。それよりもクラスの皆んなが楽しそうに話してたんだけどさ、夏川はこの夏休み中にどっか遊びに行った?」
「ううん、行ってないよ。今年はマネージャーの仕事してるか、家で勉強してるかのどっちかだったなぁ。夏休みって意外と短いよね」
「そっか。旅行の話とか聞いてみたかったんだけど、行ってないなら聞きようがないな」
周りから聞こえてくる――へ行った、――をやったという声があまりにも楽しそうだったから、少し気になった夏川に聞いてみた。
ほら、俺たち野球部員はこの夏休み期間中野球しかしてこなかったからさ。
そもそも俺が旅行したのって、たぶん中1の頃に家族でアメリカへ行ったのが最後だった気がする。
どこかへ旅行でもしてみたいけど、今はそんな時間も無いからとりあえずは保留かな。
時間が出来たら誰かを誘って遊びに行くのも悪くない。
この間、母親からたまには野球以外の事を楽しめと電話で言われたばかりだし。
「へぇ、南雲君もちゃんとそういうの興味あるんだ。私はてっきり野球以外には全く興味が無い人なんだと思ってた」
「……それはひどくね?」
「あはは。ごめんごめん。でも毎日あれだけ楽しそうにしてたらそう思うのも無理はないでしょ?」
まぁ、確かに。
そう思われても仕方ないくらい野球に打ち込んでいる自覚はある。
「別に興味が無いわけじゃないよ。友達と映画観に行ったり、海に行ったり、バーベキューしたりさ。毎日野球してるのはもちろん楽しいんだけど、話を聞いてるとそういうのも楽しそうだとは思う」
中学の時もほとんど野球ばっかやってたから、あんまり若者らしく遊んだこと無いんだよね。
そりゃ野球は楽しいからやっているので苦痛ではないけど、高校生らしい遊びにも全く興味が無い訳ではない。
むしろ時間があればやってみたいと思っている。
すると、夏川はハッと何かを思いついたような表情を浮かべた。
「あ、それじゃあ年末のお休みに皆んなでどこか遊びに行こうよ。流石に遠出は出来ないだろうから近場になると思うけど、帰省する前なら丁度いいんじゃない?」
「おぉ、それは是非行きたい!」
俺は即座にそう反応する。
家に帰ったらどうせちゃんとした練習は出来そうに無いし、夏川の誘いはとても魅力的なものだった。
たまにはそういう青春っぽいのも良いよね?
俺の性格上、誰かにこうやって誘われない限り絶対に行かないと思うし。
「オッケー、なら決まり。とりあえず御幸君と倉持君は誘っておくとして……どこへ行きたいとか希望はある?」
「希望、か。うーん、特に無いや。というかよくわからん」
いざどこへ行ってみたいかと聞かれても、残念ながらすぐに浮かんでくるような場所は無かった。
夏なら海とか言えるんだけどね。
年末だと……高校生たちは一体どこへ行くものなのだろうか。
「フフッ、じゃあ私が決めても良い?」
「おう。夏川に任せた」
「わかった。また何か決まったら話すね」
こうしてとんとん拍子に年末の予定がひとつ埋まった。
うーむ、あと四ヶ月も先か。
楽しみだな。