スプリット・フィンガー・ファストボール。
以前から次に覚える変化球はこれだと決めていた球種だ。
ほとんど直球のような球速で縦に変化するボールで、御幸曰く魔球とすら呼ばれている変化球なのだとか。
俺はもうすぐ始まる秋季大会に向け、そんな魔球スプリットを習得すべく少し前から練習を始めていた。
ボールを人差し指と中指で浅く挟み、指から離す直前でボールを『抜く』ようにして投げる。
それが縦に落ちるボールの基本的な投げ方で、とりあえず俺もそれに倣って意識しながら実践していた。
俺の指先から離れたその球は直球の時よりもはるかに少ない回転で進んでいき――思いっきり地面へと突き刺さってしまう。
そしてそこからバウンドしてあらぬ方向へと飛んで行った。
「あ、わりぃ! また変なとこに行っちまった!」
「こっちは大丈夫だ。捕る方のことは気にせずガンガン投げて来い!」
むぅ、これで今日何度目だ?
さっきから暴投ばっかで申し訳ないという気持ちもあるが、もう少しで何かが掴めそうなんだ。
問題はそれが中々見えてこないこと。
上手く御幸のミットに収まってくれる時もあるんだが、それ以上に失投している数の方が多い。
確率で言えば大体10球に一度くらいは綺麗に決まるって感じだ。
他のは最初から変な方向へ行ったり、全く変化しなかったり、地面にバウンドしたり……とにかく最悪である。
「今のままでは試合じゃ全く使えないな。見せ球にすらないだろう。はっきり言ってこの間から進歩が見られない」
「落合コーチ……」
後ろで投球を見てくれていた落合さんからのど直球なその言葉に、俺は反論する事も出来ずに項垂れる。
自分でもそう思っているし、誰の目から見てもこれが使い物にならないことは明らかだ。
正直、スプリットの習得はあまり上手くいっていない。
ここ何日かはほとんど進歩が見られず、今みたいに暴投を投げ続けているだけで行き詰まっているというのが現状だ。
うーん、日頃から握力は鍛えているからそれが足りない訳じゃないと思うけど、一体何が問題なのだろうか。
「と、いうわけでコーチ。出番ですよ。こき下ろすだけじゃなくて俺に何かアドバイス下さい」
落合さんは的確な指導をしてくれる優秀なコーチなんだけど、時々グサッと心に刺さるような厳しい言葉を使ってくるんだよね。
さっきも俺のスプリットをボロクソ言ってきたが、自分で言うのと他人から言われるのとは全くの別物なんですよ。
丹波先輩なんて何度心が折れたそうになったかわからないぞ。
「……こき下ろしていたつもりは無いんだが」
「いいから、アドバイス、下さい」
「わかったわかった。始めに言っておくが、縦に変化する球種は特に制御が難しい部類に入る。さっきのお前の球みたいに指先の力加減が少し違うだけであらぬ方向へ飛んで行くし、そもそもキャッチーが構えているミットへコントロールすることは非常に困難だ」
「ぬぎぎ……それは俺にスプリットの習得を諦めろと言っているんですか?」
「そうじゃない。俺もお前がスプリットを習得するのには賛成だ。もしも完全にスプリットを物にすることが出来れば、これ以上ないほどの武器になるだろう。というか、仮に俺が止めろと言ってもお前は聞かないんじゃないか?」
よくお分かりで。
そんなことを言われたら意地でも覚えてやろうとする捻くれ者です。
「そこまで俺のことをわかっているなら、当然このスプリットについてのアドバイスをくれるんですよね? 期待してます、落合コーチ」
「こういう時だけ調子の良い事を言うよな、お前って。……まぁいい。俺から言えるのは一つだけだ。握り方は今のままで、余計な事はせずにそのまま投げてみろ」
「余計なこと?」
「変化を付けようとか球速を速くしようとか、そういうのだ。お前は変な事を考えずにストレートに近い投げ方をしていた方が結果的に良くなる。だからスプリットを投げようと意識するんじゃなく、握りだけ変えてまっすぐを投げる時みたいに腕を振り切ってみろ。お前の野球センスならそれでボールの方が勝手に曲がる」
あー、高速スライダーの時と同じ感じか。
俺はこれまでスプリットを投げる時、特に『抜く』イメージを強く意識してボールをリリースしていた。
そうした方が良いと勝手に思い込んでいたからな。
「なるほど……それじゃあさっそく試してみます。御幸、準備はいいか?」
「ああ、いつでも来い」
パシンッ、とミットを叩いてどっしりと構える御幸。
心なしかいつもよりそのキャッチャーミットが大きく見えた。
頼もしいねぇ。
これだから俺は遠慮なく投げられる。
俺は二本の指でボールを挟み、さっきまでとは違ってストレートを投げるような感覚でスプリットを投げた。
これで本当に落ちるのか?
と、少しだけそんな疑問を持ちながら投げたその球は、空気の抵抗などものともせずに真っ直ぐ突き進んで行き――。
「……え?」
ボールがギュインッ!と、途中で縦に変化した。
それはこれまで成功と思っていたスプリットとはまるでレベルが違う完成度で、投げた俺でさえ変化するまではただのストレートだと、失敗したと思ってしまったほどだ。
「やったな南雲! こんなすげぇスプリット見たことないぞ!?」
興奮した様子で御幸が駆け寄って来て、今の光景が幻覚ではなかったのだと実感する。
「お、おう! 今のめっちゃ良かったよな!?」
「ああ。これまでのスプリットとは全くの別物だった。高速スライダーの時もこれなら誰にも打たれる訳ないと思ったけど、それと同じくらいさっきのスプリットは凄かった!」
マジか……。
魔球スプリット、想像以上に恐ろしい球だ。
これは間違いなく未だに試合で打たれたことの無い高速スライダーと並び、俺の切り札として活躍してくれるだろう。
ちょっと悔しいけど、やっぱり落合コーチの指導は的確で頼りになる。
「――フッ」
……ドヤ顔がめっちゃウザい事を除けば最高のコーチだよ。
こうして俺は無事にスプリットを完成させることが出来たのだった。
南雲 太陽 (秋季大会前)
球速153キロ
コントロールB
スタミナA
フォーシーム、ツーシーム、スライダー3、高速スライダー3、カットボール2、チェンジアップ3、スプリット2
弾道4 ミートD パワーB 走力C 肩A 守備C 捕球B
怪童、怪物球威、変幻自在、ドクターK、ド根性、鉄人、キレ◎、打たれ強さ○、勝ち運、闘志、パワーヒッター、人気者