ダイジョーブじゃない手術を受けた俺85

「――既に聞いている者もいるだろうが、今月から始まる秋季大会の予選……その初戦でウチは稲実と当たる事になった」

 片岡の言葉にざわつく一同。
 自分たちがつい先日敗れた相手と、それも予選という初っ端で再び再戦する事になったと突然聞かされれば、彼らがこうして動揺してしまうのも無理はない。
 むしろ、それを聞いても動じずにいる選手が僅かにでも居る事を褒めるべきだろう。

「初戦の相手が稲実ってマジかよ……。最悪、ウチが予選敗退って事態もあり得るじゃねぇか……」

「そんな事になったら俺たちOBの人に合わす顔ねぇぞ……」

 次々と不安を口にする一軍メンバー。

 あの敗戦を経験した選手たちはきっとこう思っていた筈だ。
 次は必ず勝つ、と。
 今度はたった一人の選手に頼り切りになるのではなく、自分たち一人一人がチームを引っ張っていくことを意識しよう、と。

 だが、実際に稲実と戦うまでにはもっと時間があるとも考えていたのだ。
 リベンジを果たすのは新チームとしての地盤がしっかりと固まった大会の終盤辺り、そう心に余裕を持たせていた選手も多い。

「お前たちの戸惑いもわかる。俺もまさか稲実と初戦からぶつかる事になるとは、正直思ってもみなかった。……だが! 俺はお前たちなら稲実だろうが十分に勝てるだけの実力はあると思っている!」

「監督……」

 片岡のその言葉にはいつも以上に力が込められていた。
 選手たちの間で動揺が広がりつつあった状態から持ち直させたことが何よりの証拠である。

「こうして決まった以上は前に進むしかない。各自、常に緊張感を持って練習に励め! 相手は東京地区最強の高校だ。生半可な覚悟では、また俺たちの方が敗北を喫する事になるぞ!」

 思い出されるのはあの時の試合。
 序盤は自分たちが勝っていたのだ。
 一年生エースである南雲のピッチングによる追い風はあったものの、それでも間違いなく流れは青道にあった。

 しかし、そのたった一人の退場によって一気に流れは稲実へ。
 気付けば同点に追い付かれ、延長戦を戦い抜くも最後は勝ち越し弾を許してしまい、そのまま青道の敗北が決まってしまった。

 そして試合が終わった後に周囲から聞こえてくるのは――同情の声。

 確かにあのアクシデントが無ければ……と、野球に『たられば』の話は意味が無いと頭では理解しつつも考えずにはいられない。
 この場にいる者たちは既に乗り越え、あの試合での悔しさをバネに変えているが、それでもまだ心にしこりのようなものが残っている。

 しかも誰の口からも出てくるのは南雲の名前である。
 野球は一人でするものではない。
 にもかかわらず、敗因が一年生ひとりを失ってしまったからなど、上級生にとっては目を背けたくなるような事実だ。
 頭部へのデッドボールによって退場してしまうまでは完璧なピッチングをしていたのだからある意味当然なのだが、後輩ひとりに試合を左右させてしまっていたあの時の状況が悔しくもあった。

「持っている物を全て出し尽くし、今度こそ稲実を倒すんだ! そしてこの間の借りを返すぞ! いいな!?」

『応っ!!』

 様々な想いを胸に秘め、すぐそこまで迫っている稲実とのリベンジマッチへ向けて各々がやる気を漲らせたのだった。

 

 ◆◆◆

 

 緊急ミーティングで監督からの激励を受けた後、俺たちは練習する為にぞろぞろとグラウンドに移動していた。
 皆んなの表情は真剣そのもので、今すぐにでもバットを振り回したいという気持ちがはっきりと感じられる。

 はははっ、良いねぇ。
 ついさっきまでとは目付きが全然違っている。
 緩んだ空気よりもこういうピリピリした感じの方が俺は好きだ。
 今日は軽く調整するだけのつもりだったけど、これだけ皆んながやる気なら俺も……。

「予定変更だ、御幸。今日はブルペンで投げ込みでもしようと思っていたけど、俺がバッティングピッチャーをやろう。その方が皆んなも良い練習になるだろ?」

「お、いいぜ。ちょうど俺もそうしないかって言おうとしていたんだ。今の一軍メンバーたちが相手なら緊張感のある良いピッチング練習が出来るだろうし、南雲の球を打てるとなれば全員が本気なる。ただ、特に哲さんなんて既にガチモードだから気を付けろよ? 油断してたら一瞬で柵越えだぞ」

「おう、わかってるって。さっきからオーラみたいなのをバンバン俺に送って来てるからな。油断なんてする訳がない」

 背中に哲さんからの鋭い視線をビシビシと感じている。
 ……いや、これは視線なんて生易しいものじゃない。
 ここまでくればもはや殺気だ。
 そんなに熱い視線を送って来なくても、ちゃんと勝負するからそんなに睨まないでよね。

 そして、俺との勝負を望んでいるのは哲さんだけでは無かった。

「おいコラ南雲ぉ! 今日はてめぇマウンドには上がらねぇのかよ?」

「今日は本気の勝負がしたいからさ、俺たちにちょっとだけでも良いから投げてくんない? くれるよね?」

「うがうがっ!」

 うんうん、やる気があって大変結構。
 こうもチームの士気が高いとこっちまでテンションが上がってきちゃうよ。

「そんじゃあ、今日は俺がバッティングピッチャーをやります。だからまぁそーいうことなんで、俺と勝負したい人は順番にバッターボックスに入ってください」

 にじり寄って来る先輩たちに俺はそう告げた。
 すると皆一様に挑発的な笑みを浮かべ、こっちを本気で倒すという気迫が伝わってくる。

「あ、でもあんまり自信が無いようだったら止めといた方が良いかもしれないっす。今回は全力でねじ伏せるつもりなんで、プライドがボロボロになっちゃうかもしれませんから」

 おっと……テンションに身を任せてついうっかり生意気な事を言っちゃった。
 まぁ、先輩たちがやる気に震えているみたいだからいっか!

 

   

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