ダイジョーブじゃない手術を受けた俺88

 3回の裏、俺たち青道高校の攻撃がまた始まる。

「かっ飛ばせ伊佐敷ー!」

「相手ピッチャーはもうへばってんぞ!」

 ベンチ、そしてスタンドから打席に入っている伊佐敷先輩への声援が飛んで行くが、その声はもれなく明るかった。
 劣勢の時みたいな必死さや接戦の時みたいな熱はあまり感じられず、どこか勝利ムードが漂っているような気さえする。

「オラァ!!」

 そして、そんな声援を受けた伊佐敷先輩はアウトコースへの直球を綺麗に打ち返し、鋭い打球が右中間を抜けて大きく飛んで行く。
 セカンドの頭を越えてセンターとライトの間に突き刺さる文句無しの長打コースだ。
 先輩は一塁を颯爽と蹴って二塁まで進み、送球が行われたが余裕のスライディングで悠々とセーフになった。

 これでノーアウト、ランナーが二塁で『追加点』のチャンスが生まれた事になる。
 ……そう、『追加点』である。
 稲実のスコアボードには『0』が並んでいるが、それに対して青道のスコアは2回が終了した時点でウチに7点も入っていた。

 たったの2イニングで7点だ。
 このままいけばコールド条件の10点差まであっという間に到達してしまいそうな勢いで、しかもその流れは未だに終わりそうな気配がない。
 もはや勝敗がどちらかと言うより、5回終了時点でどのくらい点差が開いているのかという一方的な試合内容であった。

 しかし――。

「こんなに点差がついているのに、稲実は一向に成宮を出す気配が無いな。このままだと試合が決まりかねないってのに」

 稲実のベンチには未だに動きはなく、成宮どころか別のピッチャーが出てくる気配すら無い。
 まだ3回だというのに相手ピッチャーは既に肩で息をしていて、限界が近いのは誰の目から見ても明らかである。
 それでも続投させるのだから、きっと稲実には成宮を出せない何らかの事情があるのかもしれない。

「もう成宮はこの試合に出て来ないかもしれないな。甲子園で怪我でもしたのか、それとも暴投を放った所為でイップスにでもなったのか。どちらにせよ――つまんねぇ試合だ」

「え?」

「俺たちはあれだけ稲実とのリベンジマッチだって張り切っていたのに、相手が全力を出してこないなんてつまらないだろ。向こうにどういう事情があるのかなんて知らないけど、期待してた分がっかりしたっていうのが本音だよ」

 野球をしていてこんな感情になったのは初めてかもしれない。
 俺は勝っている時も負けている時も自分が試合に出ていれば野球がつまらないなんて考えた事すらなかったが、今回ばかりはそう思ってしまっている自分がいる。
 これならウチの打線のバッティングピッチャーをやっていた方が楽しいと思う。

「お、おいおい。つまらないってのは言い過ぎじゃないか? 確かにこれだけ点差は開いてるけど、向こうの打線だって十分強力だぜ?」

 俺のやる気が無くなっていることに慌てた御幸がそう言ってきた。
 確かに稲実ほどの選手が揃っているチームは全国的見てもそれほど多くは無いだろう。
 実際、夏の大会で俺がマウンドから対峙した時に感じるプレッシャーはかなりのモノだった。
 油断すれば簡単に打たれると、そう直感していたよ。

 でも、正直今日の稲実からは何も感じない。
 夏に感じていたあの『怖さ』を、今日は微塵も感じないのだ。
 これは俺の勝手な感情ではあるけれど、稲実に対して裏切られたような不快感を抱いてしまっている。

「今日の稲実打線は全然ダメ。エースが不在だからなのか、やる気はともかく覇気が無いよ。向こうの選手は俺たちに勝てると思って戦ってないんじゃないかな。チームとしてちゃんと機能していないチームなんて怖くも何ともないよ」

 改めてエースという存在の重要性を感じさせられる試合だ。
 良いタイミングがあれば使おうと思っていたスプリットだって、こんな試合内容ならばわざわざ見せてやる必要はないだろう。
 次の対戦相手に取って置くとする。

「こんな試合、サクッと終わらせようぜ。時間がもったいない」

「南雲……」

「そんな顔すんなって。つまらないってのは本当だけど、かと言って手加減したり手を抜こうとは思っていないからさ」

 俺たちがそうこう話している間にも青道に追加点が入り、コールドゲームにまた一歩近付いたのだった。

 

   

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