「ストライーック、バッターアウト!」
南雲がまたひとつ稲実打線から三振を奪った。
ボールのキレ、力、速度、それら全てが最高の状態で俺の構えたミットにドンピシャで飛んで来ている。
いくら全国へ行った稲実と言えどもこれはそう簡単には打てないだろう。
未だにほとんどのバッターがバットに当てることすら出来ず、三振に倒れていっているのがその証拠だ。
ただ、そんな中で気掛かりがあるとすれば――。
「……やっぱいつもと違ってピクリとも笑わないか」
マウンド上に立つ南雲を見てみると、そこにはいつもの南雲の姿は無かった。
この試合で南雲が普段通りの笑顔を見せていたのは最初のイニングだけだ。
試合どころか練習でもピッチングをしている時は笑顔で投げているのに、今は冷めた表情というかどこか気持ちが乗り切っていないように見える。
こうなってしまった理由はわかっている。
稲実のエースである鳴が登板してこず、それが影響したのか打線にも勢いがまったく感じられなかったからだ。
期待が大きかった分、落胆も大きい。
夏は不本意な形で退場する事になってしまったから、もしかするとそれも影響しているのかも。
「なんにせよ、今の俺に出来るのは一刻も早く試合を終わらせることだよな」
球の質はいつも通り……いや、練習試合の時よりも上がっているか。
だから打たれる心配はしていない。
心配なのはこの試合が終わった後の南雲のモチベーションだ。
誰よりも野球を楽しんでいたから南雲だからこそ、一度その熱が冷めてしまうと一体どうなってしまうのか予想が出来ない。
これまで通り練習にも集中して取り組んでくれれば良いんだが……っと、今は余計な事を考えている暇はないよな。
南雲の球は余所見しながら捕れるようなもんじゃないし、捕り損ねたりすればそれこそ最悪だ。
俺も集中しないと。
「ストライクッ、バッターアウト! チェンジ!」
4回の稲実の攻撃を当然のように三者三振に打ち取り、マウンドから降りる南雲の表情をチラリと確認する。
そこにはバッターを打ち取って嬉しいとかそういう感情は一切なく、むしろ俺には悲しんでいるように見えた。
◆◆◆
12-0
そんなスコアがバックスクリーンに表示されており、ついさっき審判がコールドゲームを宣言して試合が終了した所だ。
もちろん勝ったのは俺たち青道高校で、結局俺は一本のヒットも許すこと無く5イニングで13奪三振という記録を打ち立てた。
相手があんな状態だとあまり嬉しくは無いけどね。
「なんか今日の試合は思ってたよりも全然手応えが無かったな。成宮も結局最後まで出てこなかったし、肩透かしもいいところだったぜ」
「怪我でもしてたのかもね。それとも、甲子園での大暴投が原因でイップスにでもなっているとか。ま、どちらにせよ勝ったんだから関係ないよ」
「それはそうだけどよ……」
ベンチの荷物を片付けていると、伊佐敷先輩と小湊先輩がそんな風に話し合っているのが聞こえて来た。
二人の言う通り、今日の稲実はまだ実力を出し切れてはいないだろう。
全員が絶不調みたいな状態だったように思える。
強敵だと身構えていただけに思いのほかあっさり勝ってしまい、伊佐敷先輩は不完全燃焼といった様子だ。
まだまだ投げ足らないのは俺も一緒だけど……今日はそんな気分じゃないんだよな。
むしろがっつり寝たい気分。
今も油断すると瞼がどんどん下に降りてきそうになるくらいには眠気が襲って来ている。
「お疲れさん。ずいぶん眠そうな顔だな?」
手早く自分の荷物をまとめ終わったタイミングで声を掛けられ、振り返るとそこにいたのは御幸だった。
「なんか大して投げてないのにスゲー疲れる試合でさ、終わった途端に眠くなってきちまった」
「あー、今日はこの後はどうする? 学校に戻ってから少し投げておくか?」
おっと、こいつも伊佐敷先輩と一緒で不完全燃焼なのか。
珍しいこともあるもんだ。
でも悪いな。
今日はもうこれ以上投げるつもりは無い。
「止めとく。試合で疲れたし、軽く身体を動かすだけにして早目に風呂入って寝るよ。見ての通り眠気がヤバいし」
「……そうか」
「動き足りないなら倉持とか白州でも誘ってやってくれ。あの二人なら喜んで付き合ってくれると思うぞ」
どっちも体力有り余ってる感じだったから、きっと二つ返事でOKしてくれるだろう。
「なぁ、お前は――」
「南雲! 一也!」
何かを言いかけていた御幸を遮るように、俺たちが使っていたベンチの前からそんな大声が聞こえてきた。
なんだなんだとウチのメンバー達がそちらに注目する。
「って、あいつ成宮じゃねぇか」
なぜかまっすぐに俺を睨んでいると思ったら、結局最後まで試合に出てこなかった成宮がそこにいた。
そして、成宮は悔し気な表情で俺を指差してくる。
「次に戦う時は絶対に俺たちが勝つ! 俺たちの方がずっと強いからなっ! 今日の借りを何倍にもして返してやる! だからそれまで首を洗って待っとけ!」
まさかの挑発行為である。
そうして成宮は自分が言いたい事だけを言い残し、俺たちの言葉を聞かずにそのまま走って去って行く。
いきなり喧嘩を売られたことで唖然としてしまう一同。
「……いつもながら成宮は一体何をしに来たんだ?」
「チームが惨敗して、居ても立っても居られなかったんだろう。深く考えてはいないと思うぞ」
「ぷっ、相変わらず変なやつだな」
負けたからって相手チームに文句を言いに来るやつなんて初めて見たぞ。
あまりに変な事をするもんだから、眠気が吹き飛んじまったよ。
その後、稲実のキャプテンと監督に引きずられて謝りに来た時は腹を抱えてさらに笑った。