今ほど過去の自分をぶん殴りたいと思った事はない。
失敗したことをいつまでも女々しく引きずり、せっかくマサさんが手を差し伸べてくれてもビビって動き出せなかった結果がこれだ。
チームメイトが次々と打ち取られ、自分の代わりにマウンドへ上がった先輩が大炎上するのを、ただ黙って見ていることしか出来ない。
「ストライーック、バッターアウト!」
一人、また一人と味方が三振に打ち取られていく。
それなのに俺だけは声を出して応援することもなくベンチに座っていた。
今すぐマウンドに立ってプレーしたい気持ちはあるけど、それをする資格なんて逃げ回っていた俺には無い。
試合に出られないことがこんなにも辛いなんて、全然知らなかった。
今の俺には後悔しかない。
もしもやり直せるならそうしたい……と、そんな事を思っている内に試合は終わってしまった。
それも12-0という最悪のスコアで。
……何やってんだろ、俺。
俺があそこにいたら何かが変わった……とは口が裂けても言えない。
今の自分にそんな力が無いことは俺が一番よくわかっている。
でも、こんな俺にだってチームの為に何かできた筈なんだ。
ちゃんと毎日練習して、今日の試合に向けて投げ込みをしていたら……みんなにこんな酷い負け方をさせないで済んだかもしれない。
悔しい。
チームが負けたことも、それをベンチから見ていたことも、全部が悔しい。
血が出そうなくらい拳を握りしめ、気付けば俺は青道側のベンチに向かって走り出していた。
「お、おい鳴!? 待て、どこ行くんだ!」
後ろからマサさんの制止する声が聞こえて来たが、俺の足は止まることはなかった。
真っ直ぐに、一直線であの二人の所まで走っていく。
久しぶりに全力で走ったからか途中で転けそうになったけど、それでも俺は気にせずに走り続ける。
「南雲! 一也!」
青道のベンチで二人の姿を確認し、目一杯の声を腹の底から絞り出す。
南雲と御幸以外からの視線も当然集めてしまうけど関係ない。
「次に戦う時は絶対に俺たちが勝つ! 今日の借りを何倍にもして返してやる! だからそれまで首を洗って待っとけ!」
一方的に宣言する形で打ち切って、そのまま顔を伏せるようにして走って戻る。
だって今の顔はぐちゃぐちゃだと思うから。
こんなみっともない顔は見られたくない。
特にあの二人には絶対に。
◆◆◆
『稲城実業高校対青道高校。夏の雪辱を晴らし、大差で青道が勝利!』
そんな記事が月刊『野球王国』で取り上げられた。
内容はタイトルの通り青道が稲実を下したということが書かれていて、記事のトップにはでかでかと南雲が投げている写真が掲載されている。
いくら激戦区とはいえ、本戦ですらない地区の予選の試合とは思えないほどの扱いである。
「先輩、よくこれが通りましたよね。強豪校同士の試合とは言っても予選だし、私はてっきり編集長にボツにされると思ってましたけど」
記事の作成を一部担当した女記者、大和田はそう言って上司でもある峰に話し掛けた。
「その編集長が南雲君のファンなんだ。それに、南雲君の記事は人気が出る。こうやって彼が投げている写真を貼るだけでも読者は結構喜ぶもんだ」
「確かに。華がありますもんね、彼」
峰の言葉に大和田は納得した。
超高校級の実力とまるでアイドルのようなルックス。
南雲には選手としての能力はもちろんだが、それと同じくらい見た目でも世間を騒がせるだけの要素があるのだ。
これで人気が出なければおかしいとすら言い切れる。
「この間も、青道さんに練習風景を撮らせてもらって南雲君が無事な様子を記事にしただろ? それの反響が凄いことになっているらしい。だから南雲君関連の記事は通りやすいというのもある」
「あぁ……夏のあのデッドボールですよね。あれには流石にヒヤッとしました。彼が無事で本当によかったです」
「全くだ。稲実戦を見る限りでは大きな怪我も無いようだし、いよいよ青道が再び甲子園の地を踏むことになるかもしれないな」
長年記者として高校野球を近くで見てきた峰。
今この地区で一番強い高校がどこかと聞かれれば、彼は迷わず青道だと答えるだろう。
それだけ他との差が開いている状態であった。
そもそも南雲の球をまともに打てる打者が未だに現れていないのだから、一強状態となってしまうのも仕方がないが。
「甲子園か~。青道が甲子園に出れば、南雲君の名前も一気に全国へ広がりますね」
「ああ。まだ甲子園に出場できていないから全国的に見れば知名度はそれほど高くないが、もしも出場できれば……一気に人気に火が付くだろうな。ニュースでも頻繁に取り上げられるようなスター選手になるだろう」
南雲の人気は既にかなりのものだが、実は知名度はそこまで高くはなかった。
しかしそれも時間の問題だろう。
近いうちに南雲は日本中を騒がせるスター選手になる、と峰は確信していた。
「なら今のうちに一杯インタビューしておかないと! 私、青道高校に取材申し込んできます!」
「あ、おい大和田! お前仕事は……って、もう行ったのか」
呼び止めるも既に部下の姿はなく、彼女の机にはまだ大量の仕事が残っている。
大きなため息を吐きながら峰はそれを一つずつ片付けていくのだった。