ダイジョーブじゃない手術を受けた俺92

 本大会の組み合わせ抽選会が残り二日にまで迫った今日、屋内練習場に三年を除く全ての野球部員が集められた。
 いよいよ本戦が始まる直前と言ってもいいこの時期に一体何があるのかと、俺たちは無駄口も叩かず監督の言葉をジッと待っている。

 まぁ、恐らくはスタメンとベンチ入りメンバーの発表だろうな。
 予選と本戦では期間が短いから基本的に同じメンバーで臨むことになるが、それでも一応メンバーを変える事は出来る。
 流石に今からレギュラー陣を変更するって事は考えにくいけど、もしかすると控えの選手は多少の変動があるのかもしれない。
 この前の試合で上手く結果を残せなかった選手も残念ながらいるから。

 片岡監督は部員からの視線を一身に受けながらゆっくりとその口を開く。

「まずはクリス、前へ出ろ」

「はい」

 呼ばれたのは何故かクリス先輩ひとり。
 集団から抜け出して監督の横までスタスタと歩いて行った。
 わざわざ俺たちを集めて言うって事は結構重要なことなんだと思うけど……あっ、もしかして――。

「――本戦からクリスをベンチ入りメンバーに加えようと思う」

 ざわめく一同。
 監督の口から驚きの決定が俺たち選手に伝えられた。
 勿論この驚きは良い意味での驚きだ。
 怪我で離脱を余儀なくされていたクリス先輩が、これからは再び戦線に復帰するのだから嬉しくない筈がない。

 俺はチラッと横にいる御幸の表情を確認する。

「ようやくクリス先輩とレギュラー争いができるのか。待ちくたびれたぜ……!」

 どうやらこいつも先輩の復帰を喜んでいるようだ。
 自分のポジションを揺るがしかねない強力なライバルが出現したっていうのに、ここ最近で一番うれしそうな顔をしている。

「負けんなよ」

「当たり前だ」

 そんな会話を交えつつ、俺たちは先輩の復帰を静かに歓迎していた。
 先輩たちも今回ばかりはチームメイトが本当の意味で戻って来ることを純粋に喜んでいるように見える。
 しかし、監督の言葉にはまだ続きがあった。

「ただ、本人たっての希望で試験を課すことになった。怪我から復帰したばかりの自分が他の選手を押し退けてベンチに入るのは道理が通らない、とな。だから正確にはその試験をクリスが突破すれば、正式にベンチにいれるつもりだ」

 試験?
 みんなの視線がクリス先輩へと集まると、先輩は一歩前へと出て自分で説明を始める。

「監督が言った通り、俺のベンチ入りを判断する試験をやってもらうことになった。怪我明けの俺がすぐにベンチ入りするのは納得のいかない者もいるだろう。だからこそ、ちゃんと認めてもらう為にも勝手ながらそう提案させてもらったんだ」

 あー、なるほど。
 先輩らしいと言えばらしいな。
 ベンチ入りメンバーにクリス先輩が加わるとなれば、当然その分の枠がひとつ減ってしまうという事だ。
 それはある意味、これまでの成績を度外視しているに等しい。

 ただひとつ言いたいのは、先輩の実力やここ最近の努力を知らない部員はいないということだ。
 主力メンバーが居る所ではあまり練習をしている姿を見せてはくれなかったけど、俺は時折二軍のグラウンドで暴れ回っているクリス先輩を何度か見かけている。
 それはみんなが知っている筈だ。
 同級生や後輩からの相談にも頻繁に乗っているようだし、もし仮に今すぐに復帰したとしても不満の声なんて出ないと思うんだけどなぁ。

「あの、監督。ひとついいですか?」

「なんだ結城」

「クリスの気持ちはわかりました。クリスの実力は皆が知っていますし、本人がそう言うなら俺たちに異論はありません。ただ、その試験というのは一体どういう内容なんですか?」

 あ、それは俺も気になっていた。
 わざわざ自分に試験を課してくれ、なんて言うくらいだからきっと生半可なものではないんだろう。

 無難な所でレギュラーや控えの選手達とのバッティング勝負とかかな?
 ブランクがあるからクリス先輩には厳しい勝負になると思うけど、あの人の野球センスがあれば案外簡単に勝ってしまうかもしれない。
 先輩は青道の打撃力をグッと引き上げるだけの実力を秘めていると思うから。

「クリスと話し合って決めた結果、試験は――南雲との三打席勝負に決定した。そしてこれから実際に二人には勝負してもらう」

 なるほど。
 南雲との三打席勝負…………え、俺?

 

 ◆◆◆

 

 青道の練習グラウンドがいつもより緊張感に包まれていた。
 守備についている選手も、脇にいる選手も全員が固唾を呑んで見守っている状態だ。
 マウンドに上がっている俺も少し緊張している。
 練習はおろか試合でもほとんど緊張するなんて事は皆無な俺だけど、今回ばかりはワクワクと同じくらい複雑な感情を抱いていた。

「流石の南雲でもこういう雰囲気には慣れていないみたいだな?」

 負けるつもりは無い。
 だが、それで何も感じないほど俺は人間を辞めてなかった。
 一番お世話になっている先輩というのもあるし、俺だって一緒に戦いたいという気持ちはあるんだ。

「当たり前だろ。俺が勝てばクリス先輩の復帰は延期されるんだからな。正直複雑だよ。ただ――ちょっと楽しみでもある」

「楽しみ?」

「だってさ、向こうは俺に勝てるって思っているんだろ? ははっ、そんなの最高に面白ぇじゃん。俺の持ってる力を全部使ってねじ伏せてやりてぇ……!」

 小難しいことを考えるより、俺はこの勝負を楽しみたい。
 クリス先輩だってそれを望んでいる筈だ。
 そうじゃなかったらわざわざ俺を指名しては来ないだろうから。
 マジで打たせるつもりはないですけど、恨みっこなしですよ?

 

   

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