「もう一度試験の内容を確認するぞ。勝負は三打席。アウトを三つ取られる前にクリスがヒットを打つ事が出来れば合格だ。二人とも、いいな?」
「はい」
「うっす!」
試験の内容はアウトを三つを取れば俺の勝ちで、それまでにヒットを一本でも打てればクリス先輩の勝ち。
俺が勝てば先輩の復帰は延期され、反対に向こうが勝てば本戦からの試合はベンチにクリス先輩が控える事になる。
一見俺に不利な内容に見えるかもしれないが、同じ条件で勝てる可能性がある選手は残念ながら現状の青道には哲さんくらいしかいないのだ。
つまり、三打席以内で俺からヒットを一本でも打てれば、クリス先輩は即戦力クラスのバッターという事になる。
だからこそ実力を証明するには丁度いい勝負と言えるかもしれない。
控えに強力な打者を置けるのだからチームとしては俺が負けた方がプラスになるのだろう。
だが、そんなつもりは毛頭ない。
三打席全て三振を奪いにいく、俺はそのくらいの気持ちでいる。
「クリス先輩」
「なんだ?」
「そういえば先輩とはガチで勝負した事はまだ無かったですよね。だからこの勝負が急に決まって驚きましたけど、今は結構楽しみっす。もちろん手加減するつもりはありません。大丈夫ですよね?」
「ああ、それで良い。遠慮はいらないから本気でこい。そして、その上で俺が勝つ」
「はははっ、勝つのは俺ですよ」
俺は負けない。
もしもクリス先輩が怪我なんてしていなければ、その天才的な才能を成長させ続けていれば、正直分からなかった。
でも、怪我明けの今の先輩が相手となればこっちも負けるわけにはいかない。
こっちにも意地やプライドってもんがあるからな。
「──よしっ、始めるぞ!」
審判は監督が務め、バックにはレギュラー陣がそれぞれ守備についている。
彼らが後ろを守る以上、下手な当たりではアウトにされてしまうがそれも本人が希望したこと。
全てを考慮したうえで俺に勝てると、先輩はそう思っているらしい。
絶対にねじ伏せてやると思いながらマウンドへ上がると、そこから見るクリス先輩の身体はいつもより大きく、力強く見えた。
「へぇ……これは中々」
強打者と相対した時に感じる肌がピリつく独特の感覚を、クリス先輩からもひしひしと感じる。
うんうん、どうやらブランクがあっても打者としての圧だけは少しも衰えてはいないようだ。
冗談抜きで油断したらこっちが負けるかもしれないね、こりゃ。
あれだけ自信があったのにも頷ける。
まぁ、油断するつもりは無いから関係ないけどさ。
「っらぁあ!」
俺の手から離れた白球は唸りを上げながら突き進んでいき、MAXに近い球速を出してそのままミットへと衝撃音を響かせながら収まった。
先輩は手を出さなかった、というよりは手が出せなかったという感じだろう。
かなりの期間のブランクがある先輩には速すぎてほとんどボールが見えていないんじゃないかな。
「ナイスボールだぜ、南雲。その調子でどんどんいこう」
「おう!」
その後も遊び球は極力使わずにインコース、アウトコース、直球、変化球……俺が持つありとあらゆる武器を駆使してポンポンとテンポ良くストライクを奪っていく。
先輩は多様な球種と150キロを超えるストレートを前に全く的を絞れず、大きくタイミングを外してバットを空振ることしか出来ない。
そして六球投げてあっという間にツーアウト。
あと三つストライクを取れば俺の勝ちが決まってしまうという所まで来てしまった。
ここまでのクリス先輩はヒットを打つどころかボールにバットを当てることすら出来ておらず、そろそろ周りからの『空気読んで手加減しろよ……』という視線が痛くなってきた。
残念ながら俺はそんなの全然気にならないけどね!
真っ向から勝負を挑んできた以上は俺もそれに最後まで全力で応える義務がある。
それに、先輩はまだ勝負を諦めていない。
目が全く死んでいないし、ツーアウトでこっちが追い込んでいる筈なのに、一球投げるごとにスイングがどんどん鋭くなってきているんだ。
最後の一球まで絶対に気は抜けそうになかった。
ガギッ!
「ありゃ?」
するとそんな嫌な音が聞こえ、ボールがコロコロとファールゾーンへと転がっていった。
バットに当てられた、みたいだな。
ようやく目が俺の球に追い付いてきたか。
ここからが本当の勝負……はは、楽しくなってきたぜ!
ガギッ! ガギッ! ガギッ!
一度バットに当てられてからというもの、全ての球に対して食らいついてくるようになった。
特に追い込んでからの粘りが凄まじい。
これで何級続けてファールにされたのかわからないぞ……。
「はぁ……はぁ……ふぅ──」
にもかかわらず、依然として集中力を切らさずに食らいついてくるんだから並みの精神力じゃない。
こっちもどんどん熱くなってくる。
対戦してこんなに楽しい相手はクリス先輩で四人目だ。
哲さん、東先輩、そしてクマさんに続き、ずっと投げていたいと思わせてくれる素晴らしい打者である。
「……重いな。これはリハビリよりもずっとキツイ」
しかし、既に先輩の腕は限界を迎えつつあって震えていた。
俺が投げる球を連続でバットに当て続けているんだから無理もないか。
150キロの衝撃をそう何度も受け続けていれば腕がしびれてくるのも当然である。
むしろここまでよく粘っている方だろう。
もう少し勝負を楽しみたかったけど仕方ない。
次で終わらせるとしよう。
俺が投げられる最高の球で、クリス先輩を打ち取ってみせる!
──そこから数秒後、グラウンドに快音が響いた。