青道高校 対 帝東高校。
東京の東西それぞれの地区に於いて強豪校として知られている二校がぶつかるこの一戦。
球場にも多くの観客が足を運んでくれているようで、まだ準々決勝だというのに客席は満席に近い埋まり具合を見せていた。
「さぁて、と」
俺はマウンドから帝東の先頭打者を見下ろす。
すると、そのバッターからは何としても打ってやる、という力強い視線を痛いくらいに送ってきていた。
はははっ、やっぱりそう来なくっちゃつまらないよな。
俺もそれに全力で応えよう。
ここ最近は割と不完全燃焼な試合が多かったし、この帝東戦ではヒリつくような楽しい勝負を期待している。
ふむ、御幸が出したサインは胸元を抉るようなインハイの直球か。
一巡目の初球にこれを投げればバッターはまず打てない。
150キロの球が自分のすぐ近くに向かって来るなんて、人間なら誰しも恐怖を覚えるものだ。
少なくとも初見では仰け反って球を打つどころではないだろう。
「くっ……!」
バシンッッ! と御幸の要求した通りのコースへ放り込むと、案の定バッターは大きく仰け反って腰が引けてしまっていた。
そして、彼はその後に審判の『ストライク!』という声に驚いている。
球威のせいで目測を誤ったのかもしれないけど、そこはちゃんとストライクだよ。
インハイギリギリいっぱい。
我ながら構えた所へドンピシャに投げ込む完璧なコントロールだ。
相手の動揺が治らない内に続けて今度はアウトローへと投げ込む。
インコース高めからアウトコース低めというストライクゾーンの端と端を投げ分けられると、バッターからすればたまったものではない。
さっきのインコースが頭にあるのなら尚更だ。
口で言うほどストライクゾーンの隅に投げ分けるのは簡単ではないんだけど、コントロールにそこそこの自信がある俺ならばそれも可能である。
「ストライク、ツー!」
ここまで一度もバットを振ることさえさせずにツーストライク。
相手バッターもこうなれば意地でも打ってやろうと躍起になっていそうだ。
そして御幸が出す次のサインは……おっ、早速スプリットの出番か。
いいね。
完成度を少しでも高めておきたいこの変化球だが、未だに失投のリスクが大きい未完成の球種。
それを平然と要求してくるのだから御幸も中々の度胸がある。
当然俺はそのサインに首を縦に振り、渾身のスプリットを投げ込んだ。
「なっ!?」
「ストライク、バッターアウト!」
ストンと縦に落ちるスプリットの前に、帝東の先頭打者は為す術もなく体勢を崩しながら空振った。
悔しげな表情を浮かべる彼とは対称的に俺の心はウキウキである。
次のバッター早く来い!
と、調子良く二番と三番バッターも同じような配球で三振に打ち取り、帝東の初回の攻撃はこうして三者連続三振という形で終わったのだった。
◆◆◆
俺たち青道高校の攻撃は倉持から始まる。
今の帝東高校は走攻守が綺麗に揃ったバランスの良いチーム、というのが俺の印象だ。
投手もかなり良い選手が充実しているし、野手だって確実に点を奪い取ってくるようなハイレベルな選手がゴロゴロいる。
さっきは三人とも綺麗に打ち取れたが、二巡目三巡目ともなってくればもしかすると打たれてしまうかもしれない。
流石は全国レベルの強豪校って感じかな。
ただ、俺の目から見て一番気になる選手は……あのキャッチャーの人だった。
「あの人ホントに俺たちと同い年か? 歳上どころか社会人って言われても納得してしまいそうだけど……」
一年生にして正捕手の座を手に入れているあの乾という選手。
彼はその……ずいぶんな老け顔でいらっしゃる。
別に他人の悪口とかを言うつもりじゃないんだけど、どう見たって俺には彼が高校生には見えなかった。
どことなく風格みたいな雰囲気すら感じるし、何ならプロのベテラン選手と言われても納得してしまう気がする。
秋からレギュラーになったようで公式戦のデータはあまり無かったが、こうして生で見てみると選手としての技量よりもまずあの顔が目についてしまうな。
「でもあの乾って人、めちゃくちゃ綺麗に球を捕ってるぜ。あそこまでミットがブレないとピッチャーも投げやすいだろうな。キャッチング技術だけ見れば俺よりも上手いかもしれねえ」
「へぇ? お前がそこまでキャッチャーのことを褒めるなんて珍しい。というか、クリス先輩以外では初めて聞いた気がする」
「それだけ良い選手なんだよ。地味だけどブレずに捕球するのってかなり難しい技術なんだ。帝東の選手の中では一番の要注意選手かもな」
「ふーん。俺は見ただけじゃイマイチ凄さはわかんないな」
俺は実際に投げてみないとどれだけ凄いかわかんないや。
こうして外から見るだけだと、結構上手いキャッチャーだと思うくらいにしか判別不能。
でも御幸がここまで褒めるくらいなんだから凄い選手ではあるんだろうね。