一番バッターである倉持はショートゴロでアウトになったが、続く小湊先輩はフォアボールによって出塁した。
それもただのフォアボールではなく、十球近くファールで粘った上でのフォアボールだ。
小湊先輩は少しでもストライクゾーンから外れればしっかりと見逃してくるバッターであり、人よりも優れた選球眼を持っているからこそ出来る出塁方法である。
「惜しかったな、倉持。もうちょいで内野安打になってたのに」
「相手のボール、思った以上に球威があるから気を付けろよ。ちょっと芯がズレたらオレみたいにつまらされるぜ」
アウトになって戻ってきた倉持を出迎えると、相手投手の球筋について話してくれた。
力で無理やり押し返したら打てるかな?
130キロ後半くらいの直球に多彩な変化球を持っているらしいけど、どうやら倉持が言うには直球自体もかなり良いストレートの模様。
慣れるまでは少し時間が掛かるかもしれないね。
「へぇ、それは中々に厄介そうな球だ。投げ合い甲斐のある相手みたいで俺は嬉しいね」
「テメェはいつからサイヤ人になったんだよ……」
と、俺たちがそんな会話をしているうちに三番バッターの御幸が打席に入っていく。
あいつはなぜか得点圏にランナーが居るとすこぶる打率が良くなるんだけど、一塁にしかいない今回はどうなるか。
……あ、ライトフライ。
ライトの正面にポーンと高く打ち上がったその打球は、当然地面に落ちることもなく捕られてあっさりとツーアウトになった。
いやはや、想像通りというか何というか。
本当にランナーが得点圏に居ないと本領を発揮しない男である。
「あちゃー、やっちまった。結構打ち頃の球だと思ったんだけど、倉持が言ってた通り球威があって打球が全然伸びなかったな」
「どんまい。チャンス以外の時のお前は大体そんなんだから大丈夫だ」
「え、割とひどくね?」
だって御幸の場合、チャンスの場面かどうかで落差が酷過ぎるんだもん。
ま、そう言う俺も大して打率が良いわけでもないけどね。
これは俺からの激励だと思ってくれたまえ。
そして、ツーアウトランナー一塁という状況で回ってきた次の打者は──。
「行けー! かっ飛ばしてやれ、哲!」
キャプテンとして日々凄みが増していっているこの人、結城 哲也。
もう、ね。
哲さんに関して何も心配いらないよ。
ここ最近のほぼ全ての試合で哲さんは何かしら得点に絡んでいるし、打率も得点率も文句無しに高く、しかもその数字以上に相手へのプレッシャーを与えるのが我らがキャプテンだ。
『おぉ!』
言ってるそばからいい当たりが出たぞ。
鋭い打球は一直線に左中間へ……って、あれ?
二塁打以上確実と思われた左中間への打球だったが、なんとショートが追いかけて飛びつき、その当たりを強引に掴み取ってアウトにしてしまった。
マジかよ……上手いな、あのショートの人。
あんなプレーをされると向こうの士気が爆上がりしてしまいそうだ。
それはそれでピッチングが楽しくなるから良いけど、チームのことを考えると嫌な守備力の高さである。
そうして哲さんがアウトになった事でスリーアウトチェンジとなった。
相手のファインプレーがあったとはいえ、結局このイニングでの出塁も小湊先輩のフォアボールだけだったし、次のイニングでは何かしら攻撃のきっかけが欲しいところだが……。
「……これは思ってた以上に厳しい試合になるかもな。帝東にはあの投手の他にも、同じくらいレベルの高い選手がいるって話だし」
ミーティングで聞いた話では帝東には主力のピッチャーが最低でも三人はいるらしい。
今投げている人がエース番号を背負ってはいるが、それは決して他の二人が劣っているという事ではなく、実力で言えばほとんど差は無いのだとか。
だから今投げている投手は出来るだけ早目に攻略しておきたいというのが俺たちの本音である。
「ああ、帝東はこの大会中に3失点以上した試合は無いからな。ウチと違って結構強いとことも当たっているのに、だ。向こうにはまだまだ余力があると見た方が良い」
「俺は別に2点も3点もいらないけどね。1点あればそれで十分お釣りがくるぜ?」
「はは、我らがエース様は頼もしいねぇ。まぁ、少なくともこっちが点取るまでは失点しないでくれよ? 今先制点を許しちまうと一気に流れが相手に傾いちまうからな」
「だから失点なんてしないっちゅうに」
御幸に言われずとも、俺がマウンドに上がっている以上は相手に一点の失点たりとも許すつもりは無い。
別にこの試合でパーフェクトを狙っている訳じゃないが、完封は普通に狙っている。
帝東が相手なら俺が途中で交代させられることも無いだろうし、今日は思う存分暴れてやるつもりだ。
「うっし! 張り切っていこう!」
グローブをパシッと叩いて気合を入れた俺は、走ってマウンドに向かった。
攻守が切り替わり帝東の攻撃。
打順は四番からで、俺が気になっている乾という捕手が次のバッターとして控えている。
「……やっぱ高校生には見えねぇよな」
彼はムスッとしているからか余計に、っと。
いやいや、今は目の前の事に集中しないとな。
俺はジッと見てくる乾から視線を外し、頭の中から強面フェイスを追い出してから打席に入っている四番バッターに意識を向けた。
帝東で四番を務めているだけあってこの人も油断ならない相手だ。
東先輩みたいにがっしりとした体付きで、バットがとても小さく見えるくらいの見るからにパワーヒッターなタイプ。
とはいえ、感じる圧力は東先輩の比じゃない。
もちろん先輩の方が上という意味でだけども。