ダイジョーブじゃない手術を受けた俺98

 グローブの中で球を転がしながら手にしっくりくる位置を探す。
 そうしてピタッと来た所で止め、高速スライダーの握りで変化のイメージを頭の中で明確にしながら投げる。
 すると、右バッターに対してあわやデッドボールという軌道から急激に変化し、打者から逃げるようにストライクゾーンへと収まった。

「──ストライークッ、バッターアウト!」

 所謂フロントドアというやつ。
 普通のスライダーよりも速くて殆ど直球と同じくらいの速度のボールを投げたから、観ている人も打者にぶつかると思って悲鳴を上げた人もいた。
 でも俺、中学の時からデッドボールを投げたことは無いんだよね。
 練習は除いて、だけど。

 ともかくこれで前のイニングも合わせて四者連続三振。
 観客席からは声援とどよめきが聞こえて来ていて、それがまた俺の調子をさらに上げてくれる。
 ここまでテンポ良く投げられているのは結構そういう影響もあるかもしれない。
 応援されるのって不思議と力が出てくるから。
 ま、ブーイングされたらされたで逆に燃えるかもしれないけどね。

「次のバッターは……っと。ははっ、そんなに睨まなくても逃げたりしないって」

 ポンポン三振を奪っている俺だが、このバッターにはちょっと警戒が必要だ。
 珍しく御幸が褒めるほどの技術を持ち、強打者特有の空気を纏う男──乾。
 彼はゆっくりと左打席に入り、バッターボックスギリギリの位置に立ってバットを構えた。

 へぇ……そこに立てる気持ちの強さもあるのか。
 これは益々楽しめそうだ。
 乾がやっていることは俺の球を打つ上で一番効果的と言える方法だった。

 俺が投げるボールの球威を見れば大抵のバッターがベースから無意識のうちに距離を取ってしまい、外角への球がほぼ無敵という状態が出来上がる。
 だからああやってギリギリに立つことで外角にも対応できるようにするのは間違っていない。
 以前にも似たような事をしてきたバッターもいたしな。

 ただ、それは言うほど簡単ではない。
 バッターボックスギリギリに立つってことはそれだけボールとの距離が近くなるということで、ただでさえビビって腰が引けてしまう人が多い俺の球がすぐ近くを通る事になるからだ。
 その恐怖に打ち勝たねばならず、少なくとも俺は御免したい手法である。

 そして、そんな乾に対して御幸が要求してきたのはストライクにもボールにもなりそうなコースへの直球。
 御幸的にはカウントがどちらに転がっても良いと思っているのかもしれない。
 カウント以上に乾に恐怖心を植え付ける事を優先しているんだと思う。

 打てるもんなら打ってみろ。
 御幸のリードはそんな強気のリードだった。
 俺も弱腰でいくよりもそっちの方が好みだし、最高の球を叩き込んでビビらせてやろうと思う。
 安心してくれ、絶対に身体に当てる事は無いからさ。

 ワインドアップで全身の体重を指先に乗せ、投げた。
 空気を切り裂きながら突き進んでいく白球は、狙い通りストライクゾーンに入っているかどうか怪しい場所へと飛んでいく。
 これで相手は仰け反ってしまうだろう。

 ──しかし、乾はそれを読んでいたかのように迷いなく足を大きく外側に踏み込んで来た。

「っ!?」

 打たれると、そう直感してしまった。
 久しく感じていなかった悪寒。
 そんな当たって欲しくない予感は的中してしまい、鈍い金属音が響いて打球がライト方向へと打ち上がる。

「ライト! 前だ!」

 幸いなことにバットの芯からは少しズレていたようで見る見る内に失速していき、明らかに詰まった当たりでライト前にポトンと落ちた。
 ライトを守っていた白州は思わず後ろに下がってしまったらしく、御幸の声で急いで前に出る。
 
 一瞬スタンドまで運ばれたかと思ってヒヤリとしてしまうほどのスイングだったけど、直球の球威が勝ってそこまでの勢いは無かったようだ。
 ヒットで済んで良かったとも言える。
 ……打たれたのは悔しいけどね! 

「ナイスバッティングだぞ乾!」

「続けー! この回に何としても一点を先制するんだ!」

「ヒットを打ったからってそう簡単には点はやらないって」

 今日初めてのヒットが出た事で沸き立つ相手ベンチだったが、その次の六番と七番バッターをきっちりと三振に沈めて勢いづくことを許さない。
 だが、そうしてお互いに得点させないという膠着状態が続いていき、あっという間に5回まで無得点のままゲームが進んだのだった。

 

   

スポンサーリンク

タイトルとURLをコピーしました