膠着状態が続いたまま5回に突入し、両チームの得点に対する焦りの気持ちがジリジリと大きくなっていく。
それは相手バッターと対峙したタイミングで特によくわかる。
絶対に打つ、そんな気持ちが前に出過ぎていて俺の球をまったく捉えられていないんだ。
多少ストライクゾーンから高めに外れても普通に手を出してくるといった感じで、気持ちよくポンポン三振が取れる。
こっちのチームも早く点を入れたい気持ちは一緒だけど、同じ無得点でも青道と帝東では少し意味合いが違ってくる。
ウチは何度か先制点を入れられるチャンスが起こったりしているが、対して向こうのチームは乾に打たれたヒットを最後にそこから一本のヒットも無い。
押しているのは間違いなく青道だ。
まだまだ焦るような展開ではないと、みんな分かっている。
攻撃のリズムだって徐々に整って来ているし、先制点をもぎ取る時はそう遠くない筈だ。
「──バッターアウトッ、チェンジ!」
そう心の中で整理を付け、帝東の攻撃を再び三人で抑えた俺はマウンドから下りてベンチへと向かう。
「ナイスピッチング」
「おう。そっちもナイスリードだったぜ。おかげで球数も最低限に抑えられてる。このペースなら延長だって余裕で投げれるぜ」
既に三振の数は二桁を超えていて、時折打たせて取るピッチングを織り交ぜているから球数も全然多くない。
これなら途中で交代させられる事もなく完投できると思う。
流石に延長戦になれば変えられてしまう可能性が出てくるけど……まぁ、延長になる心配なんて必要ないから大丈夫だろう。
もちろん、延長に突入しても投げ切るつもりではいるけども。
「クリス」
すると、突然監督が先輩の名前を呼んだ。
全員の視線がそちらに向けられ、ベンチに少しの静寂が訪れる。
「いけるな?」
「もちろんです」
その短い会話でも周囲に熱が起こった。
ここに来て秘密兵器の登場である。
打率だけを見ればクリス先輩は今大会で八割を超えているし、もしかしたら一発だってあり得るかもしれない。
こういう膠着状態を崩すにはうってつけのバッターだ。
ちなみに、クリス先輩が一試合丸ごと出場しないのは怪我から復帰したばかりだから。
外野でも肩に負担が掛かるし、ここで無理をすればそれこそ選手生命に影響してしまう。
もしも身体のどこかに違和感を覚えたらすぐに言うよう厳命されていて、もし黙っていれば二度と試合には使わないと監督に言われているらしい。
これまでの試合でもクリス先輩は外野の守備につく事があったから、恐らくライトの守備にはそのままクリス先輩が入る事になると思う。
「……俺はここまで、か」
この回は白州から始まる打順だったから、交代させられた本人は悔しそうに拳を握りしめていた。
わかるぞ、白州
俺も途中でマウンドを下ろされるのは悔しい。
自分の力を満足に発揮する前に変えられるというのは言葉に出来ないほど悔しい筈だ。
俺に出来るのは白州に次のチャンスを用意してやること。
つまり、この試合を勝って準決勝、決勝の舞台に進めばいい。
そうすれば白州がいま抱いている悔しさを全力でぶつける事が出来るのだから。
◆◆◆
代打として打席に向かう男──クリス。
怪我により夏の大会には出場できずリハビリに専念していた彼にとって、重要な場面での打席というのは復帰後これが初めてである。
だが、堂々と進むその姿には緊張している様子は一切無く、冷静に自分のバッティングに集中しようとする姿勢が見えた。
(この場面で使ってくれた監督には感謝しかない。それに応える為にも、何としても出塁してチャンスを作らなければ)
そんな気持ちを抱きながらクリスはバットを構える。
視線の先にいる投手はそろそろ限界が近いのか肩で息をしている姿を視界に捉えた。
ここまで無失点で切り抜けているとはいえ、青道打線は温存して抑えられるような相手ではないから常に全力投球を強いられてきたのだろう。
まだ後ろに控えている投手がいることを考えれば、これ以上彼をマウンドで粘らせてはいけない。
何としてもこの回でノックアウトして先制点を取る必要があった。
そんな重要な場面で自分を使ってくれた監督にクリスは改めて感謝し、バッティングに集中する為に全神経を研ぎ澄ませる。
試合中、クリスはこの投手のピッチングを一球たりとも見逃さずに全て観察していた。
何か癖がないか、甘くなりやすい球種はないか、どんな些細な事でさえ見つけてやると意気込みながら自分の出番が来た時の為に備えていたのだ。
少しでも出塁する可能性を上げる為に。
少しでもチームの勝利に貢献出来るように。
少しでも、グラウンドに食らいつく為に。
──俺は、打つ……!
かつて天才と持て囃された選手はもういない。
いま打席に立っている彼は、努力によって底から這い上がって来た雑食のカラスである。