ダイジョーブじゃない手術を受けた俺100

 観衆の注目を一身に集めるクリス。
 彼が動いたのは初球──ボール気味のアウトコースへと投げられた球だった。
 まるでそこに来ることは初めから分かっていたかのように、左足をベース側に踏み込んで一切の迷い無くバットを振り抜く。

「──フッ!」

 その力強いスイングによってバットに当たったボールが一瞬変形し、見失ってしまうほど速い速度で外野へと飛ぶ。
 ライナー性の当たりはまっすぐライトスタンドへ。
 ただ、あまりにも弾道が低かった所為かフェンスを越える事はなく、ノーバウンドのまま直撃して残念ながらホームランとはならなかった。

「回れ回れ!」

 とはいえ長打になることは間違いない。
 クリスは颯爽と一塁ベースを蹴って二塁へと全力疾走する。
 ライトから矢のような送球が返って来るが、その時には彼は既にベースへ滑り込んでおり余裕のセーフとなった。

「よしっ……!」

「ナイスバッティングだぞ、クリス!」

「続け続けー!」

 小さくガッツポーズをするクリスに、しっかりとチャンスを作った彼へと称賛を送る青道ベンチ。
 代打として登場した選手がいきなりツーベースヒットを放ったことで球場の盛り上がりも最高潮に達し、ついに試合が動くのだと誰もが思った。
 そして、次のバッターである倉持に期待の眼差しを向ける。

「……ふぅー。ここで打てなきゃキツい練習して来た意味がねぇ」

 この回はまだ一つもアウトを取られていない。
 だから自分がアウトになっても大丈夫……などと、倉持はそんな弱気な気持ちではいなかった。
 本当は今にも手足が震えてしまいそうだったが、それを覆い隠すように強気に笑ってみせる。

「ヒャハハ! この試合のヒーローはオレが貰ったぜ……!」

 かつて南雲にヤンキー面と評された顔がより凶悪になっていく──。

 

 ◆◆◆

 

「……わぉ。クリス先輩、随分とあっさり打ってくれたな。相手が疲れているとはいえ、まだまだ球に力はこもっていた筈なんだけど」

 ここから見た限りでは相手投手の息は上がっているものの、全く目は死んではいなかった。
 それをあそこまで簡単に打ってしまうのだから流石としか言えない。
 おまけに見本のように綺麗な流し打ちを披露してくれたし、マジで文句の付け所が無いよ。
 完全復活すれば哲さん以上のバッターになるかもしれないね。

「タイミングとバットコントロールが完璧だったからな。つーか、完璧過ぎたからあんなライナー性の打球になったんだと思うぜ。最初から初球を叩くつもりだったな、ありゃ」

 へぇ、やっぱりそうか。
 思った通りクリス先輩は相手がアウトコースに投げてくる事を予想していたらしい。
 御幸とかも似たような打ち方をする時があるけど、来た球を思いっきりぶっ叩く事がバッティングだと思っている俺にはもちろんそんなバッティングは無理。
 そもそも向いてないからあんまりやろうとも思わない。

「こうなると次のバッターにも期待しちゃうけど……倉持のやつは大丈夫かねぇ?」

 ノーアウトの状態でランナーが二塁にいる今、何としても点を入れたい。
 だから自然と倉持にプレッシャーがのし掛かってしまう。
 こういう場面にしっかりと自分のバッティングが出来るかどうかで、今後も試合に出られるかが決まってくる。

 ま、俺もあの投手に今のところ連続で三振を取られているから、あんま偉そうな事は言えないんだけどさ。

「お、あいつ誰かさんみたいに笑ってやがるぜ?」

「ん?」

 御幸に言われて倉持の顔を見てみると、確かにバットを構えながら笑っていた。
 普段とは違って妙な迫力を感じる。

 ……いや、というかあれは笑っていると言えるのか? 
 俺には獲物を見つけて嗤っている悪人に見えるんだが。
 ただでさえツリ目でヤンキーっぽい顔の倉持が、チンピラを越えてヤクザの若頭くらいにランクアップした感じだ。
 普通に怖い顔してる。

「……なぁ御幸、倉持ってあんな凶悪な顔だったっけ?」

「さぁな。でも、なんかいつもより打ちそうな気配はするから別に良いんじゃね」

 確かに今の倉持は打ってくれそうな気配はあるけども。
 でもあれは良いのか? 
 顔が凶悪すぎて向こうの投手がドン引きしてんじゃんか。
 楽しくて笑ってしまうのは俺もよく分かるけど、俺みたいにもっと爽やかな笑顔は出来ないもんかね。

 そんな事を考えながらふと隣の御幸を見てみると、何故か向こうも俺の方を見て呆れた表情を浮かべていた。

「自分は関係無いみたいな顔してるけど、お前さんもあれと似たようなもんだからな? むしろ相手によっては今の倉持を越えてくる時だってある」

「ふっ、それは何の冗談だよ。俺がそんな顔してる訳ないだろうが」

 ホントに失礼しちゃうわ。
 俺が野球をしている時にあんな怖い顔をする訳ないのにね。

 

「──ヒャハハハ!」

 そしてそんな声と共に、バットの快音が聞こえてきたのだった。

 

   

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