クリス先輩と倉持の二人が連続でヒットを放ち、青道に先制点が入ると、それまでの膠着状態が嘘のように試合が動いていった。
帝東は5回まで無失点で切り抜けていた投手を下げて別の選手をマウンドに上げたのだが、投手を変えても勢い付いた青道打線が止まることはなく、その回でウチは一挙に4点も奪うことに成功する。
そして、そこまでのリードを貰えれば、後は俺がビシッと相手を抑えれば良いだけである。
三振狙いではなく打たせてアウトにしようとしたピッチングをした時にいくつかヒットを許してしまったものの、二塁以上の得点圏にランナーを進ませることなく三つのアウトを毎イニング奪っていく。
俺の投球に球場が沸き、その歓声を武器に帝東打線を悉くねじ伏せてやった。
「──ストライクッ、バッターアウト! ゲームセット!」
9回の表、最後のバッターをスプリットで気持ち良く三振に打ち取り、裏の回の攻撃を行うことなく試合が終わった。
ウチが先制点を取ってからはあっという間の試合展開だった。
6-0という大差を付けての完封勝利である。
甲子園で優勝経験のあるチームを相手にここまでやれたのだから、今の青道が全国の舞台に上がっても十分に他校と渡り合えるだろう。
それに加えて、個人的にも今日の成績は悪くないと思っている。
被安打こそあるものの、球数自体はそう多くない……どころか普段よりもかなり抑えられたし、ピッチングでのミスは俺が自覚している限りでは無かった。
あ、スプリットの完成度が上がって実戦で使える事が分かったのも大きいな。
直球はもちろんだけど、変化球の質も徐々に上がってきているのを実感出来た試合だった。
今日の試合は今の俺が出来る最高のピッチングと言っても良いくらいである。
『ありがとうございました!』
整列して頭を下げると、スタンドから両チームへの惜しみない拍手が送られてくる。
今になってようやく試合が終わったんだと身体が認識したのか、急に試合の疲れがドッと押し寄せて来た。
流石に俺もスタミナが切れかかっているらしい。
歩けないくらいフラフラになるなんて事はないが、少し座って休みたいな。
「大丈夫か?」
と、俺に声を掛けてきたのは意外にも倉持だった。
「ああ、大丈夫だよ。さっき急に疲れが出てきてさ。今日はもう帰って寝たいくらいだけど、 前みたいに肩を借りなきゃ歩けない程じゃないから」
「試合中にあれだけのピッチングをすればそうなるわな。ご苦労さん」
「そっちこそナイスバッティングだったぜ。俺の中では今日の試合のMVPはお前だ、倉持。あの場面で打ってくれたおかげで楽に投げられたからな」
「ヒャハハハ! あそこで打てなきゃ意味がねぇだろ。いつまでもウチのエースにばかり負担を掛けさせる訳にはいかねーしな」
頼もしいねぇ。
御幸もそうだけど、倉持も入学時と比べて急激に成長していっている。
こいつらには随分と良い刺激を貰っていると思う。
本当に、進路を青道に決めてよかった。
◆◆◆
「なぁ御幸。今日の俺のピッチング、どうだった?」
整列が終わってベンチに戻った後、俺はそんな事を御幸に聞いてみた。
「どうって、特にミスらしい失敗は無かったし、帝東相手に無失点なんだから文句無しだろ。……なんだ? もしかしてあれでも納得いってないのか?」
「うーん、納得いってないって言うか、今よりもっと強くなるにはどうすれば良いのかなと思ってさ。ほら、スプリットが実戦でも使えることが分かったし、次はどういう方向性で練習すれば良いか考えてるんだよ」
俺がそう言うと御幸は一瞬ポカンと口を開けて呆けたような表情を浮かべ、その後すぐに声を出して笑い出した。
「はっはっは、マジかよ。あれだけのピッチングをしたのに、我らがエース様は満足していないってのか。一体どこまでいけば満足するんだ?」
「だって、お前らの成長が著しいんだもん。そりゃ俺も負けられねぇじゃん」
俺は、誰にも負けたくない。
それは試合もそうだが、チームメイトであるこいつらにも負けたくないと思うのだ。
もしかするとあまり褒められた考え方ではないのかもしれないが、それでもこればかりは性格上仕方のないこと。
俺にとっては敵も味方も関係なく、自分が今よりももっと強くなるために競い合うライバルなのだ。
「ホントにこれだから努力する天才って奴は恐ろしい……。まぁとにかく、だ。今は今後のことは気にしないでもいいと思うぜ」
「ん、なんでさ」
「そんなに焦らなくても、お前は今でも十分すごい投手なんだ。そんなすぐに次の目標を決めなくたって成長が止まったりしない。どうせ次の試合に勝ってもすぐに次がある。そしてその先には全国だ。それに勝てばお前は勝手に成長するだろうよ」
……なるほど。
確かに御幸の言っている事にも一理あるな。
鍛えるなら目標を立てた方が効率的にトレーニング出来るのは間違いないけど、試合でしか得られないものがあるのも事実。
今以上の強さを求めて練習に打ち込むのは、全国制覇した後でも遅くはないか。
「そろそろ移動するぞ。すぐに次の選手達が入ってくる」
「あ、クリス先輩」
「お前たちも反省会はそこまでにして、続きは学校でしろ。ここでは邪魔になる」
「はーい。んじゃ、早いとこスタンド行こうぜ、御幸」
次に行われる試合で勝ったチームと準決勝で戦う事になる。
相手チームの戦いぶりを生で観れる機会があるならしっかりと観ておくべきだろう。
……ま、今日の試合を一人で投げ抜いたので、恐らくは準決勝で俺の出番が来ることは無いんだろうけど。