打球はショートの正面へと転がっていく。
特に慌てた様子もなく落ち着いてその打球の処理をしたショートは、そのままボールをファーストへと回してアウトにした。
派手なプレーではないが、膨大な練習量が垣間見える良いプレーだ。
「──決まったな。俺たちの次の相手は西山高校だ」
さっきのアウトでゲームセット。
よって、準決勝の相手はあの西山高校ってところに決まった。
そこまで有名ではない高校だが、スタンドから彼らの試合を直接見ても決して弱い高校ではないというのが分かる。
ま、そもそも準決勝にまで残っている高校が弱い訳ないんだけどさ。
「たしか西山高校との試合は一週間後か。……俺の出番は無いだろうなぁ」
俺ばかりマウンドに上がっていれば二人が成長できないし、そもそも帝東戦をフルイニング投げ切ったので、よほどの事がない限り俺が登板することは無いだろう。
試合までには十分に休める期間はあるけど、たぶん西山高校戦では丹波先輩とノリが投げることになる気がする。
めちゃくちゃピンチな状況になれば分からないけどね。
「まぁそう言うなって。今後の展開を見据えているんだよ、監督は。それに決勝戦で当たるであろう市大三高との試合ではどうせお前が投げることになるんだ。ちょうど良い休みだとでも思っておけよ」
御幸の言う通り、準決勝で西山高校に勝てれば決勝戦で当たるのは恐らく市大三高だと思われる。
俺もどちらかと言えば市大三高との試合で投げたいから休むことに異論は無いし、丹波先輩とノリにも登板する機会が必要だということもちゃんと理解しているつもりだ。
ただ、どんな試合にも登板して強くなりたいという気持ちが溢れ出てしまうだけである。
「わかってるよ。その代わり、やばそうならすぐにでも出れる準備はしておくさ」
丹波先輩とノリを信じていない訳じゃないが、いざという時のために備えておいても困る事はない。
二人がきっちり抑えてくれるのが一番良いけど、真剣勝負には絶対なんて言葉は無いから万が一ということも十分あり得る。
俺が後ろで待機している方が競争心に火が付いて気合入るかもしれないしな。
「──ほぅ、南雲。お前は俺たちでは役不足だと考えているわけか」
「え?」
後ろからそんな声が聞こえてきたので振り返ると、そこには腕を組んで眉間にしわを寄せている丹波先輩がいた。
「おい川上、どうやらこいつらは俺たちでは頼りないと思っているみたいだぞ。お前からもガツンと言ってやれ」
「あはは……」
苦笑いを浮かべるノリ。
どうやら二人には俺たちの会話をバッチリ聞かれてしまっていたらしい。
あー、別に頼りないと思っていた訳じゃないが、さっきの会話を聞けばそう捉えられても仕方ないか。
「いやだなー。別にそんなこと思ってないっすよ。ただ、念の為に備えておこうってだけです。ちゃんと二人の応援はするつもりなんで、そう怒らないでください」
ここは何とか取り繕って誤魔化しておくに限る。
「ノリも頑張れよ。なんなら、この機会に第二先発の座を奪うくらいの気持ちでいたらどうだ? 俺を倒すなら、まずは丹波先輩を押し退けてそこに立たなきゃ話にならないぜ?」
「うっ、それは……」
「俺も川上もしっかり成長している。西山高との試合で、お前にそれを見せてやろう」
「ははは、それは楽しみっすね。ただ──」
俺は隣で小さくなっている御幸に視線を向ける。
「それじゃあまず、キャッチャーである御幸とコミュニケーションを取った方が良いですよ。ノリはともかく、丹波先輩は御幸と相性が悪いみたいですから」
「お、俺!?」
いきなりパスが飛んで来た御幸は飛び上がりそうなくらい驚いていた。
こいつ、さっきは俺の方を見てニヤニヤ笑ってやがったからな。
コミュニケーションを取ること自体は良いことなんだし、この機会に精々距離を縮めておけばいいと思うぞ、うん。
「それは……いや、その通りだな。南雲、少しだけ席を変わってくれ」
「え、ちょっ」
「どうぞどうぞ」
そうして有無を言わさず丹波先輩と座席を変わる。
御幸からの視線をビシビシと感じていたが、珍しく先輩の方から歩み寄ろうとしているので存分に話し合ったら良い。
「せっかくなら帰りのバスが来るまでの時間、じっくり話し合おうじゃないか。なぁ、御幸?」
「お、お手柔らかに……」
自分からグイグイ行く丹波先輩にたじたじの御幸を、俺とノリはバスが到着するまでニヤケながら眺めていた。
◆◆◆
一週間後。
何となく予想していた通り、西山高との試合で俺の出番は無かった。
丹波先輩が先発し、ノリがリリーフするという起用で見事に西山打線を抑えてみせたのだ。
あの時のコミュニケーションが功を奏したのか、いつもより先輩の調子が良かった気がする。
ノリも最初は緊張していた様子だったが、最後のイニングでは三人を連続で打ち取るという好投を見せた。
出番が来なかったと悲しむことを忘れるくらいに興奮した試合だったよ。
そして次は、いよいよ市大三高との決勝戦だ。
これに勝てば全国へ行ける。
絶対に負けられない一戦……だが、それ以上に楽しみだな