ダイジョーブじゃない手術を受けた俺104

 準決勝で西山高校を降した翌日、青道の選手達は平常通りの……いや、普段より熱の入った練習を行なっていた。
 何か特別なことをしている訳ではなかったが、明らかに気合いの入り方が違っている。
 キャプテンの結城や伊佐敷を始めとした中心選手勿論のこと、ベンチ外の選手までもがサポートに力が入っており、チーム一丸という言葉がピタリと当て嵌まるようだった。

「──フッ!」

 今打席に立っているのは現在の青道で最強のスラッガーである結城。
 彼は今大会でもそれを証明するかのように、ホームラン数では他者を寄せ付けない圧倒的な成績を叩き出している。
 大会最多本塁打も十分に狙えるどころか、現時点ですら既に地区でダントツの本塁打数を記録していた。

(今の俺の実力では全く足りない。またあの時のような後悔をしない為にも、今は一つでも多くバットを振らねば……!)

 ただ、それでも結城は現状に満足していなかった。
 それは恐らく夏の敗戦も少なからず影響しているのかもしれない。
 あの屈辱的な敗戦は、特に当時出場していた二年生にとっては最悪の悪夢である。
 予選で稲実にリベンジを果たした今でも、結城を含む複数の選手たちの脳裏には未だしっかりと脳裏に焼き付いてしまっていた。

 もはや強迫観念に近い焦りを感じながら結城はひたすらにバットを振り続ける。
 意識的にではないだろうが、今の結城はチームメイトでさえ気軽に声を掛けられない迫力を醸し出していた。

「そろそろ休憩したらどうだ。朝からずっとその調子では、試合の前に怪我でもしかねないぞ?」

「……クリスか」

 そんな中でもクリスは普段通りの調子で話しかけ、結城の無茶なトレーニングに釘を刺す。
 どんな練習でも度を過ぎればマイナスにしかならない。
 それを身を以て経験したクリスの言葉には重みがあり、結城も思わず動きを止めて考える素振りをしたものの、やはりもう一度バットを構える。

「いや、もう少しバットを振っておきたい。決勝戦まであまり時間が無いからな。試合が終わってから後悔したくないんだ」

「だったら尚更休憩した方がいいぞ。スイングを横で見ていたが、さっきから徐々に身体が開き気味になってきていた。練習するなとは言わない。だが、少しくらいは休憩を挟め。自分の身体を虐めても飛距離が伸びる訳じゃない」

「だが……いや、分かった。お前がそこまで言うなら少し休むとしよう」

 渋々といった様子ではあったが、結城もここまで食い下がるクリスの言を無視することは出来ず、打席から外れてベンチで小休止を取ることにした。
 とはいえその間もチームメイトのスイングを観察し、自分の糧としようとする姿勢はもはや病気に近い。
 様子を見ていたクリスもそれには思わず苦笑をこぼした。

「全く……まぁいい。すまん、次は俺の相手を頼めるか?」

「は、はい! よろしくお願いします!」

 バッティングピッチャーを務めていた一年生に断りをいれ、結城の代わりに打席に入るクリス。
 後ろからの視線を痛いくらいに感じながらも、グラウンドに快音を響かせるのであった。

 

 ◆◆◆

 

 彼らがグラウンドでそんなやり取りをしている頃、選手たちの練習風景を見て満足気にしている二人の人物の姿が片岡と共にあった。
 青道高校の校長、副校長の二人である。

「生徒たちの様子はどうですか? 特に南雲君。彼の名前は既にプロ野球の世界にも届いているそうじゃないですか。くれぐれも、くれぐれも怪我には気を付けてくださいよ?」

「ですねぇ。練習中に怪我なんてことは絶対に避けなければなりません。もしもそんな事になれば、我が校の名前に傷が付くというものです」

 校長の言葉に副校長が同調し、明確な圧力を片岡に掛けてきた。
 彼らは南雲という選手に期待を寄せつつも、同時に何か問題が発生することを恐れているようだ。
 いくら高校生といえどもスター性のある選手を特別扱いする事は仕方のない面もある。
 片岡自身にはそのような気持ちは毛頭ないが、立場が違えば見方も変わるだろう事は理解していた。

「彼らは皆、次の試合に向けて万全の状態を維持しています。それは南雲も例外ではありません。決勝戦では今まで通りのピッチングを見せてくれるでしょう。もちろん、選手たちの怪我には最善の注意を払っています」

 そんな片岡の言葉に校長は満足げな笑みを浮かべる。

「はっはっは、それは大変結構ですな! では、この調子で残り一勝も頼みますよ。前回は準決勝で惜しくも破れてしまいましたが、今回はあとひとつ勝てば甲子園出場です。ここは何としても勝ってもらいたい。期待してますよ、片岡監督」

「全力を尽くします」

 夏に結果を出していない自分が多くを語っても重みは無いと、片岡は短くそう返した。
 実際に次の市大三高戦に勝てなければ片岡は自ら監督という立場から身を引こうと決心している。
 もっとも、落合という後任を学校側が密かに用意していたので、自分が辞めようが辞めまいが監督をクビになる可能性は十分にあると自覚しているが。

 自分が監督となって数年。
 甲子園への道は想像していたよりも遥かに険しく、困難な道のりだった。
 決して甘く見ていたつもりはないが、これだけ優秀な選手が揃っても届かないとなれば、それは自分の力不足に他ならないだろう。

(唯一の心残りは、これまで俺を信じてくれていた選手たちを甲子園に連れて行ってやれなかったことだ。そういえば南雲にも言われたな。逃げるな、か。……簡単に言ってくれる)

 ただ、片岡は以前に南雲から言われた『逃げるな』という言葉が頭から離れなかった。

 

   

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