ダイジョーブじゃない手術を受けた俺110

「──ストライクッ、バッターアウト! チェンジ!」

 4回の裏、市大三高の攻撃が終わった。
 さっきのイニングで遂にこの試合初ヒットを許してしまったが、それまでは全て三振やゴロに打ち取っている。
 ただ、こちらも得点を上げられておらず、お互いのスコアボードには綺麗に『0』が四つずつ並んでおり、未だに均衡を保っているという状況だった。

 いくら調子が良くてもそう簡単にパーフェクトは無理だ。
 無論、ヒットは打たれても点はやらないけどね。
 スタミナ的にもまだまだ余裕があるし、楽しいから疲れなんて全く感じていなかった。

「あ、この回って俺の打順からじゃん!」

 前のイニングでは増子先輩がレフトフライに打ち取られたので、俺まで回って来ずにチェンジになっていたから次のバッターは俺である。
 ちなみに一打席目はサードへのゴロだった。
 ぶんぶんとバットを振り回し、今度こそ打ってやると気合いを入れる。

「張り切り過ぎて怪我すんなよ?」

「大丈夫大丈夫。次ボールが頭に飛んで来たとしても、今度はちゃんとバットで打ち返してやるからさ。イメージトレーニングはバッチリだぜ」

 夏の大会での一番の反省点は、あの時……頭へのデッドボールを避けようとしたことだ。
 スイングモーションに入っている時点で頭に当たるボールを回避するなんて奇跡に近い。
 だったら、初めから打ち返してやれば良かったんだ。
 満足に踏ん張れないからアウトかファールになるだろうけど、デッドボールを食らって怪我をするよりは何倍も良い。

 ただ、危険すぎてそんな練習は当然出来ないから実際にやれるかどうかは不明だ。
 もちろん一生不明のままの方が助かるけどね。
 俺だって痛いのはイヤだし。

「まぁ、とにかく気を付けろ。まだまだ試合は長いんだからな」

「あいよ」

 そうして俺は意気揚々と打席に入る。
 相手の真中さんの様子を見た限りではまだそこまで疲労しているようには見えないが、既にそれなりの球数は投げているので疲れは間違いなく蓄積しているはずだ。
 そう考えればよくポーカーフェイスを保っている方だと思う。
 無失点でここまで切り抜けているだけあって、まだまだマウンドから引きずり下ろすのは難しそうだ。
 俺と真中さん、どちらが先にへばるかの我慢勝負だな。

『再び回って来ました、エース対決! 果たして今度はどちらに軍配が上がるのか!?』

 相手が持っている球種はカーブ、チェンジアップ、そしてウイニングショットであるスライダーだ。
 直球は140キロくらいでコントロールも悪くない。
 今の時点ではスタミナ切れを起こしている様子は見られないので、そう簡単に甘い球は来ないと思っていた方が良いだろう。

 なら、初球から思いっきり振っていくか。
 俺は小湊先輩のような器用な技術は持ち合わせていないんだから。

 ワインドアップで真中さんが投球し、俺はそれをスタンドにぶち込んでやるつもりでフルスイングした。

『す、凄まじいスイング見せる南雲! 今大会で何本ものホームランを打っており、この試合でも十分長打には期待が持てます!』

 うーん、打てそうではあるんだけど見事に空振った。
 投げ込むコースが良いのか上手い具合にバットを空振りさせられてしまったな。
 このピッチングならば、ウチの打線が未だに捉え切れていないというのにも頷ける。

 次の球は直球……いや、初球に真っ直ぐが来たから変化球か? 

「……ッ、真っ直ぐかよ……!」

 チッ、2球続けて直球で勝負してくんのかよ。
 変化球だと思って構えていたから完全に振り遅れてしまったぜ。
 悔しいが、現状ではこのバッテリーのペースに呑まれて翻弄されてしまっている。

『二球で追い込まれてしまいました! この勝負、一瞬も目が離せません!』

 あー、色々と余計なことをゴチャゴチャ考えすぎてるな、俺。
 こうなったら仕方ない、最後の手段だ。
 俺の得意技──細かいことは考えず、本能に任せてバットを振り抜く! 

「フンッ!!」

「──ストライクッ、バッターアウト!」

 かぁー! 
 我ながらタイミングはバッチリだったと思ったんだけど、バットがボール半個くらい下を通ってしまった!
 当たっていれば文句なしのホームランだっただろう。
 実に惜しい打席だったな、うん。

 俺が自分で自分を励ましながらベンチに戻ると、御幸がしたり顔で頷いていた。

「どんまい、ナイススイング」

「うるせい」

「ははは、南雲が打てないのはある意味良い知らせでもあるんだ。だってお前の場合、バッティングが調子悪いとピッチングがとびきり良くなるからな。それに……あれだけプレッシャーを与えられたら十分だよ」

「プレッシャー?」

「ああ。お前のスイングはこう、躊躇いが一切無いから怖いんだよ。あのバッテリーも多分ヒヤヒヤしてただろうぜ。その証拠に……ほら」

 俺の次のバッターである坂井先輩がセンター前に落ちるクリーンヒットを放っていた。

「おぉ、ナイスバッティング」

「あのバッテリー、さっきの南雲の打席を三振で抑えた事で気が抜けたな。流石に次からは気を引き締め直すだろうが、真中さんを追い詰めている事には変わりない」

 知らぬ間に俺が援護していたらしい。
 まぁ、俺のプレッシャーなんて微々たるものだろうから、打ったのは百パーセント坂井先輩の実力だと思うけどね。
 御幸はたまに俺のことを持ち上げすぎる所があるから気を付けないと勘違いしてしまう。
 慢心、ダメ絶対。

『九番バッターの坂井が出塁しました! ワンアウトランナー一塁。青道高校はこの回に得点できるのか!?』

 しかし、その後は打線が上手く繋がらず、この回も青道のスコアボードには『0』が刻まれてしまったのだった。

 

   

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