ダイジョーブじゃない手術を受けた俺112

「真中、まだいけそうか?」

 心配そうに聞いてくるチームメイトに、市大三高のエースである真中 要はコクンと頷いた。
 実際には大丈夫だと言えるようなコンディションではなかったが、いま弱音を吐けばそのまま力尽きてしまいそうで無理やり笑みを浮かべる。

「相手のピッチャーがあんな投球した後に、俺がビビる訳にはいかないだろ。心配するな。これまで通り青道打線を抑えてみせるよ」

 試合の中では今が一番疲れを感じる時間帯である。
 真中も口では強がっているが、少しずつ制球に乱れが出てきており、疲れが出てきているのは誰の目から見ても明らかだった。
 自分たちのエースがここまで頑張っているのに点を取ってやれないことを不甲斐なく思いながらも、少しでも楽に投げられるようにと女房役のキャッチャーは言葉を紡ぐ。

「次のバッターはクリス。かなり面倒な相手だが、初回もちゃんと抑えたんだ。お前なら何度だって抑え込めるさ」

「ああ、当然そのつもりでいる。勝つのは俺たち市大三高だ。クリスにも結城にも、そして南雲にだって負けるつもりは無い」

 その言葉はチームメイトとして非常に頼もしいものだった。
 勝てるかどうかではなく、勝つ。
 エースを鼓舞するつもりが、反対に弱気になっている自分が励まされているような気分になった。

「……ははは、そうだな。この試合、勝つぞ!」

「ああ!」

 そして、真中は打席に立つ男を見据える。
 今打席に立っているのは、かつて自分たちの世代の中心にいた男──クリス。
 怪我を負ってチームを離脱したと聞いた時にはライバルとして心配したものだが、こうして復帰したらしたで非常に厄介な相手だった。
 クリスの実力は知っている。
 少しでも気を抜けば打たれる、真中にはそんな確信があった。

 初回に先制のチャンスを活かせなかったという負い目もあるだろうに。
 だが今のクリスからはそれよりも、どうにかしてチームの勝利に貢献したいという気持ちが溢れ出ていた。

(クリスのやつ、打てないなんて微塵も思っていないような顔をしているな。お前も俺と一緒でチームの為に戦っているのか? だがなクリス、それでも勝つのは……俺たちだ!)

 気迫のこもった力強いピッチングを演じる真中だったが、対するクリスも決して負けていない。
 悪寒がするほどのスイングにボールを捉えられるも、打球はサードの横を僅かに逸れてファールゾーンを転がっていく。
 いっそのこと今のがヒットになっていれば……なんて考えてしまうのも無理はなかった。
 相手は超高校級の天才スラッガーなのだから。
 一撃でスタンドまで運ばれてしまう未来だって十分にあり得る。
 そう考えればむしろヒットで済むなら安いものだろう。

 気付けばカウントは既にフルカウントで、更にはそこから5球もファールが続き、お互いに一歩も譲らない勝負が繰り広げられていた。
 常に全力でプレーするというのは当然だが非常に疲れるものだ。
 集中力をガリガリと削られているのはもちろん、体力を湯水の如く消費してしまう。
 特に、ここまで南雲 太陽という怪物と投げ合ってきた真中にはかなり辛い勝負となっていた。

「はぁはぁ……くっ、向こうは涼しい顔してやがるな」

 長引く勝負が、真中から残り少ないスタミナを容赦なく奪っていく。
 息を荒くし、歯を食いしばって何とか気を張り続ける真中だったが、相対するクリスが呼吸ひとつ乱していない様子に愕然とした。
 もうこの勝負は歩かせた方が良いとさえ思えてしまう。
 実際、次のバッターがクリスと同じくらい厄介な四番の結城でなければ、早々に諦めて歩かせていただろう。

『両者への必死の応援がスタンド中から巻き起こっています! この勝負、全く目が離せません!』

 白熱する勝負。
 対峙している二人はもちろん、それを見守っている者たちですら呼吸を忘れそうなほど試合に集中していた。
 とはいえ、これが勝負である以上は決着がつく時は必ずやって来る。
 どれだけ互角の勝負をしていても、ほんの少し運が味方をしただけでそれまで均衡を保っていた天秤が一気に傾く事もあるのだ。

「ッ──!」

 真中の指先から放たれたボールは力のこもった直球だった。
 ただ、キャッチャーが構えた場所よりも僅かに高めに浮いている。
 決して甘いとまでは言えない、並のバッターが相手ならば十分に通用するようなボール。

 クリスはそれに躊躇なくバットを振り抜いた。
 完璧に芯で捉え、打球を一瞬見失ってしまうほどの強い当たりでセンター方向へと飛んでいく。

『──入った~! バックスクリーン直撃、文句なしの特大ホームラン! 先制点を奪い取ったのは青道だぁ!』

 打球はあっという間にバックスクリーンに到達し、その破片が太陽に照らされてキラキラと光り輝いていた。
 球場には大歓声が巻き起こり、ようやく頭が状況を理解すると、真中は脱力して天を仰いだのだった。

 

   

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